「こども誰でも通園制度」が保育を変える!?モデル事業から見えてきた利点と課題とは

「こども誰でも通園制度」が保育を変える!?モデル事業から見えてきた利点と課題とは

親が働いていなくても、未就園のこどもを時間単位で保育園や認定こども園、幼稚園などに預けられるようにする「こども誰でも通園制度」。同制度は2026年度からの実施が予定されており、2023年からは全国各地でモデル事業を通じた検証が行われています。

今回は、早くから「保育サービスの利用要件の緩和(保育園をすべての親子にとっての新しいセーフティーネットにすること)」を政府に提言し、「こども誰でも通園制度」のモデル事業にも参加してきた認定NPOフローレンスの赤坂緑さんにインタビュー。「こども誰でも通園制度」のモデル事業に対する感想や保育士・保護者の反応、課題点などをうかがいました。

\お話をうかがった方/
赤坂緑さん
認定NPO法人フローレンス代表理事

代表理事であり保育園事業責任者でもある赤坂さん。役員として組織運営や保育園事業運営、メンバーの育成などを担当しています。プライベートでは2児の母親でもあるそう。

「こども誰でも通園制度」ってどんな制度? ねらいは何?

制度が実施されれば、働き方やライフスタイルにかかわらず、時間単位で「誰でも」保育園などを利用できるようになります。

本題に入る前に、「こども誰でも通園制度」について、簡単におさらいしておきます。「こども誰でも通園制度」というのは、2023年6月に国が掲げた「こども未来戦略会議」において創設が発表された新しい制度のこと。2026年度からの本格実施が予定されており、制度がスタートすれば、親の就労の有無にかかわらず、時間単位で誰でも保育園などを利用できるようになります。

制度の概要とねらいは以下のとおりです。

前述したように、2023年度には全国31の自治体で保育所の空き枠等を活用した定期預かりモデル事業の検証がスタート。2024年7月ごろからは100以上の自治体で試行的事業が始まり、保護者が安心してこどもを預けられるように準備が進められています。

関連記事:「こども誰でも通園制度」2026年度に全国で実施の方針|保育士の確保や負担増が課題

では、ここからは認定NPOフローレンスの赤坂さんに、「こども誰でも通園制度」のモデル事業をとおして見えてきたメリットや課題、保育士や保護者の反応などをうかがっていきましょう。

※本記事では、保育園や幼稚園を定期利用していないこどもの総称として、「未就園児」を使用しています。

未就園児がいる家庭では、親が「孤独な子育て」に陥りやすい

幼少期から家族以外の大人やほかの園児たちとかかわることは、こどもの心身の発達にもよい影響をもたらします。

——この6月に、「こども誰でも通園制度」の創設を含む法案が成立しました。フローレンスでは、以前から「未就園児も保育園を利用できるようにしてほしい」と政府に提言してきたとうかがっています。それは、どのような思いからだったのでしょうか。

赤坂:もともと私たちには、「すべてのこどもが良質な保育をうけられるようにするべきだ」という思いがありました。しかし、以前は待機児童問題が大きな壁となっており、まずはそれを解消する必要があった。そのため、フローレンスでも小規模保育を立ち上げて「小規模認可保育所」を事業化したのですが、待機児童問題は全国的に解決しつつあります。地域差はあるものの、定員に空きが出ている保育園も増えている中、今こそ「働く親のため」ではなく、すべてのこどもに保育園を開いていくべきだと考えたのです。

——たしかに、定員に空きがあるのなら園児以外のこどもの受け入れが実現できそうです。

赤坂:実は、フローレンスが運営する仙台の保育園では、制度ができる前に定員の空き枠を使って、独自に未就園児の定期預かりをやっていました。仙台は転勤族が多く、「まわりに友達や親戚がいなくて、話す相手がいない」といった家庭がたくさんあるんです。

一方で、こどもが保育園や幼稚園に通っていない家庭では、親が「孤独な子育て」に陥りやすいという特徴があります。事実、定期預かりを利用する親御さんからは、「(自分は働いていないけれど)定期で通えるところが欲しかった」「児童館は行きづらく誰とも話せなかった」などの声が多く聞かれました。

そのため、2年前に「未就園児家庭の孤独感と定期保育ニーズに関する全国調査」を実施し、就業していなくても保育園にこどもを預けられる制度の必要性を、政府に提言していくことにしたのです。

未就園児家庭の課題解消のために、保育園の空きを利用する。それによって、すべてのこどもに良質な保育を提供すると同時に、未就園児家庭の悩みにも寄り添いたいというのが私たちの思いでした。

———そうした声やデータを届けることで、政府から反応はありましたか?

赤坂:提言を開始したころはまだ待機児童の問題があったため、すぐに動いてもらうことはかないませんでした。しかし、フローレンスをはじめ志を同じくする方たちが、「すべてのこどもに良質な保育を受けられる権利を」という提言を続け、調査データやリアルな声を発信し続けたことで制度化につながったと思っています。

モデル事業が親子の笑顔につながり、保育士からは「やってよかった」との声が!

赤坂さんは、「保護者だけが負担を抱え込むのではなく、保育士と協力しながら、みんなで成長を見守っていく社会を目指したい」と話します。

——そういった働きかけもあり、「こども誰でも通園制度」の創設を含む、子ども・子育て支援法等の改正法案が成立しました。あらためて、赤坂さんが考える本制度の意義を教えていただけますか?

赤坂:先ほどお話した仙台の例のように、保育園に通うことで救われたという親御さんはたくさんいらっしゃいます。また、こどもの側にも、集団で生活することによってできることが増えたり、発達が促進されたりというメリットがあります。それって、「保育士さんが普段やっている保育がいかに素晴らしいか」ということの証明でもありますよね。そうした質の高い保育が、働く親だけでなくすべてのこどもの権利になるのは、本当に素晴らしいことだと思います。

——一方で、保育士のなかには「負担が増えそう」「自分たちに対応できるだろうか」と、制度に不安を感じている人もいると思います。その点については、どう見ていますか?

赤坂:保育現場から、「これ以上負担をかけるのか」といった声があがっているのは承知しています。たしかに、毎日同じこどもがくるのではなく、月曜はAちゃんがきて、火曜はBちゃんがくるといった具合に頭数は増えます。そうすると、書類や事務の工数も増えるので、その点は負担になるかもしれません。また、在園児との関わりなどで工夫が必要になることもあるでしょう。だからこそ、現場の状況を踏まえて人件費の補助金を増やすなど、保育士の負担が過度に増えないような制度設計をすることが大事だと考えています。

——政府では、2023年から「こども誰でも通園制度」のモデル事業を実施し、フローレンスもその事業に参画しています。フローレンスで行ったモデル事業は、どのような内容だったのでしょうか?

赤坂:モデル事業を実施したのは、東京都中野区、渋谷区、宮城県仙台市にある3園。それぞれに内容は違いますが、利用の形は「定期利用」です。例えば、東京都渋谷区の園の場合、週に1回、1日6.5時間もしくは7.5時間お子さんを預かっていました。

——モデル事業を開始するにあたって、利用者の応募状況はいかがでしたか?

赤坂:空き定員の1枠に対して10数名の応募がありました。自治体によっては1枠に何十人の応募があったという話も聞いています。

——ニーズは大きいようですね。モデル事業が始まって以降、保育士からはどのような声が聞かれましたか? 印象的だったものがあればお聞かせください。

赤坂:里帰り出産から戻ってきたもののまわりに頼れる人がおらず、日中はお子さんと2人だけで過ごしているという方が、中野区の園を利用してくださいました。最初の頃は口数も少なく、なかなか関係を築けずにいたのですが……。声がけを続けるうちに、「子育てに悩んでいる」「マンションだからなるべく泣かないように気をつかって苦しかった」と胸の内を明かしてくださるようになり、笑顔を見る機会も増えていきました。

お子さんも園に慣れて、どんどん成長していくのが感じられましたね。そして、そうした姿を見ていた保育士全員が、「未就園児家庭への支援の大事さを感じた」「やってよかった」と話していたのが、とても印象に残っています。

——逆に、保育士さんからネガティブな声を聞くことはありませんでしたか?

赤坂:フローレンスの園には前向きな保育士が多いせいかもしれませんが、ネガティブな意見はほとんどなかったです。はじめは慣れていないため、モデル事業のお子さんが、お母さんと別れるときに泣いちゃって申し訳なかったとか、そのくらいですね。

——在園児との兼ね合いという点で、問題はありませんでしたか?

赤坂:当初は、「初めてのこどもがくるとそこに手がかかるから、在園児を十分に見てあげられないのでは?」と不安でしたが、実際にやってみると日々の保育活動を工夫することで解消することができました。在園児も、モデル事業でやってくるこどもたちを好意的に迎えてくれましたね。「今日は○○ちゃんこないの?」と言ったりして、大人よりも順応していたように感じます。

——在園児とモデル事業のこどもは、同じ空間で保育されていたんですね。

赤坂:はい、同じ保育室で一緒に保育をしていました。在園児と交流しながら、みんなで一緒に過ごせたという意味では、モデル事業を実施するメリットは大きかったと感じています。

保育時間を延ばすことや、「医療的ケア児」を取りこぼさないことなどが課題

モデル事業や試行的事業を通じて課題を改善し、こども・保護者・保育士みんなにとってよりよい制度になることが望まれます。

——モデル事業を利用された親御さんの反応はどうでしたか?

赤坂:細かいところで「こうしてほしい」という要望はあったと思いますが、園ごとに取ったアンケートでは、感謝の言葉やポジティブな意見が多く見られました。「家でずっとこどもを見ていたら、心の余裕がなくなっていたかもしれない」「自分にとっても子こどもにとっても、本当によかった」などのコメントが大半で、なかには「こどもを預けることで、自分が思っていた以上に子育てに疲れていることを自覚した」という声もありましたね。

——うれしい感想ですね。2024年度からはあらたに試行的事業も実施されますが、試行的事業はどのような点に特徴があるのでしょう。

赤坂:施行的事業は、制度化するための課題感を現場目線で調査・調整するものだとされています。また、試行的事業の事業内容には、保育時間が月10時間までなどの縛りがあります。

——フローレンスの場合、2023年度のモデル事業の預かり時間は週1〜2回、6.5〜8時間でした。そこからすると、試行的事業での「月10時間」は短いように感じます。

赤坂:そうなんです。こどもと保育士との関係づくりという点でも、こどもの成長発達に関わっていく意味でも一定時間定期的に預かることは重要だと考えています。他の施設からも、短すぎるという声が多くあがったのですが、国としては全国一律で同じ条件でやる以上、まずは10時間からのスタートということでした。この点については今後も提言を続けていきます。

——「こども誰でも通園制度」の実現に向けて、ほかにも課題はありますか?

赤坂:補助金が十分ではないので、現状のままだと参加事業者があまり増えないのではないかと懸念しています。きちんと運用される制度にするには、事業者側が無理なく運営できることが必要です。その点を考慮しつつ、補助金制度も整備していってほしいですね。

そして、忘れてはならないのが、日常生活を送る上で医療的なケアと医療機器を必要とする医療的ケア児のことです。現状、制度から医療的ケア児などの障害児が、取りこぼされそうになっているため、障害児、医療的ケア児も含めた「すべてのこども」が保育を受けられる制度になるように、提言を続けていきたいと思っています。

——では最後に、「ほいくらし」のユーザーである保育士のみなさんに向けて、メッセージをお願いします。

赤坂:「こども誰でも通園制度」について、いろいろと心配なこともあるかと思いますが、これまで働く親のためでしかなかった保育園が、すべてのこどもに開かれるのは大きな転換点だと思います。保育士さんたちの日頃の仕事は、本当に素晴らしいもの。それをすべてのこどもに使えるようになるのは、すごく有意義なことだと受け止めていただけたらとてもうれしいです。そのうえで改善すべきところは改善し、よりよい制度にしていきましょう。

取材・文/木下喜子