園長にだって悩みはある!? 自分の保育と向き合う勉強会「やまなし保育リーダーズゼミ」とは
現在、保育業界は保育士不足や業務過多、園児の安全管理など多くの課題を抱えています。そうしたなか、保育を取り巻く課題や、子どもが学び育つ環境作りについて意見を交わす、園長と保育士のための勉強会「やまなし保育リーダーズゼミ」が山梨県で行われています。
ゼミや勉強会と聞くと、講師の話に耳を傾けるスタイルを想像しがちですが、講師と参加者が双方向で意見を交換し合い、保育についての考えを深めていくのが、「やまなし保育リーダーズゼミ」のスタイル。八ヶ岳のふもとにある「ぐうたら村」に集い、豊かな自然のなかで一緒に調理をしたり、ごはんを食べたり、たき火を囲んで話し合ったり……。そんな過ごし方をするなかで、自然と仲間意識が芽生え、本音で話し合えるのだそうです。
今回は、「やまなし保育リーダーズゼミ」の運営を担う岩崎保育園の園長・雨宮智信さんと、開地保育園の園長・亀澤正隆さんのお二人に、ゼミの内容や保育者が学びあう意義についてお話をうかがいました。
\お話をうかがった方/
(左)開地保育園 園長 亀澤正隆さん
(右)岩崎保育園 園長 雨宮智信さん
講師と参加者が、対話をしながら学びを深めていく「往還型」のゼミ
——「やまなし保育リーダーズゼミ」とは、どのようなものなのでしょう。
雨宮:山梨県内の保育園・幼稚園・認定こども園や森の幼稚園の園長や保育者が集まり、設定したテーマについて意見を交わし合う勉強会です。保育者自身が自然に親しみながら、子どもが学び育つ環境や課題について考えるという主旨のもと、参加者全員で保育について学んだり、アイデアを出し合ったりしています。
——ゼミを始めようと思ったきっかけは何だったのですか?
雨宮:汐見稔幸先生(※1)が代表をされている「ぐうたら村(※2)」という場所が山梨県にあるのですが、そこに「ぐうたラボ」という学び場ができたと聞いて、県内の先生に誘われて見学に行ったんです。八ヶ岳のふもとにある自然豊かな環境だったのはもちろん、汐見先生に直接お話をうかがえるのも、私たちのような若手園長にとっては魅力的でした。それで、継続して保育の学びを深めていきたいとお願いして、3年半前にゼミをスタートさせたのです。
※1 東京大学名誉教授。専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。子どもの教育に幅広くかかわり、Eテレをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。
※2 八ヶ岳南麓の豊かな自然環境のなかで、持続可能な社会とこれからの保育や幼児教育を結んで考えるエコカレッジ。
亀澤:実をいうと、山梨県は幼稚園団体と保育園団体のつながりが深いんです。その会長であるお二人が、以前からぐうたら村で勉強会や見学会を企画していたので、「ここなら学びの場として充実した活動ができるのではないか」と思いましたね。
——お二人は事務局という立場を担っています。ゼミを運営するにあたっての役割をお聞かせください。
亀澤:ゼミではテーマを1つ設定し、参加者が1か月に一度、計2〜3回集まるスタイルをとっています。そのテーマをぐうらた村の共同代表である小西貴士(※3)さんや汐見先生と相談し、決定するのが事務局の役割です。それに加えて、講師の方への依頼やスケジュール調整、当日の進行役といった業務もあります。
※3 森の案内人であり、写真家。「ぐうたら村」共同代表。 2000 年より八ヶ岳南麓にあるキープ協会にて 15 年間、環境教育に取り組んでいる。
——今のところ参加者の数はどのくらいいらっしゃいますか?
亀澤:ゼミは登録制になっていて、登録している園は30施設ほどあります。ゼミには4つのカテゴリーがあり、メインとなるのは園長や園長候補といった立場の方が参加できる「やまなし保育リーダーズゼミ」です。そのほか、登録園の保育者が参加できるゼミも2つあります。「リーダーズゼミ」の参加者は、毎回20人前後。ほかのゼミはそれぞれ15〜20人くらいですね。
雨宮:大人数のなかでは話しづらい人もいるので、少人数でより深い意見が交換できるように配慮した結果、今の人数に落ち着きました。
社会や暮らしといった大きなキーワードから、保育を見つめ直す
——ゼミではいろいろな講師の方を招いて、学びを深めていると聞いています。お二人にとって、特に印象に残っている人物、言葉などがあれば教えてください。
亀澤:強く影響を受けた人物といえば、小西貴士さんですね。ゼミ全体のプロデュースをお願いしているのですが、お話していると気づきや学びにつながることが多いんです。
例えば、小西さんは日頃から「講師が一方通行で話をする教育スタイルには限界がある」「対話を中心にした学びの場にしたい」とおっしゃっています。それもあって、リーダーズゼミでは対話をしながら学びを深める「往還型」を採用しました。簡単にいうと、ゼミで学んだ内容をそれぞれの園で実践してから再度集まり、その成果について情報交換する形です。そのやり方のおかげで、理論と実践が結びつくようになったと感じます。
また、保育の勉強会のテーマというと、アレルギーや虐待、発達の問題など、教育現場で語られがちなものばかりでしたが、リーダーズゼミで扱うのは「民主主義」や「環境問題」など、比較的大きなテーマです。そうした講師も小西さんが提案してくださるのですが、普段私たちが保育をしているときには出会わないような方ばかりで、とてもいい刺激になっています。
雨宮:確かに。私もゼミに参加するうちに、社会や暮らしといった大きなキーワードを通して保育を考えるようになりました。
——社会や暮らしという大きな視点から見つめた場合、現在の保育業界に対して何か感じることはありますか?
亀澤:汐見先生が以前から、「従来の教育のあり方は限界を迎えている」とおっしゃっていますが、私も同じように感じます。保育者は、保育環境や遊び方といった細かなことを語る前に、社会のさまざまな制度が成り立たなくなってきていることに危機感を持たなければなりません。もっと広い視野で保育を見て、社会や地域の実情に合わせた取り組みを行う必要があるのではないでしょうか。
雨宮:亀澤先生がおっしゃったように広い視野で保育を考えることは重要です。従来の保育園のスタンスだと、日常の保育内容や保育環境を中心とした設計になり、園内をどう機能させるかという小さなビジョンとなってしまいがちだと思います。「子どもが折り紙を折ること」も大事なことですが、それだけでは目の前にある課題の解決にはつながらないと感じています。
「答え」がないのが、リーダーズゼミの特徴であり面白さ
——ここからは、ゼミの具体的な内容についておうかがいしたいと思います。まずメインの活動である「やまなし保育リーダーズゼミ」についてお聞かせください。先ほど、園長が参加できるゼミだとおっしゃっていましたね。
亀澤:そうですね。一般の保育士さんは参加できません。各施設から、園長もしくはこれから園長になる方にご参加いただいています。
雨宮:ゼミの日は、午前中が講師の方からテーマに関する話を聞く時間。午後は講師の方とのセッションや参加者同士の話し合いの時間に充てています。
よく「リーダーは孤独である」といわれますが、園長にだってまわりに相談できない悩みや思いがあります。私も30代に苦しかった時期があって、亀澤先生やゼミの仲間に支えてもらいました。それを考えると、このゼミはほかの先生と悩みや思いを共有する場ともいえます。私がいるような田舎の保育園と、甲府などの都市部の園では定員も職員の数も違うのでまったく同じ悩みを抱えているわけではありませんが、同じ立場の者同士で話せることが重要なんです。
——過去のゼミでは「保育記録について」というテーマが取り上げられていましたが、これはどのような内容だったのでしょう。
亀澤:「記録について」と聞くとお勉強的なテーマだと感じるかもしれませんが、私たちの場合は「記録って何だろう?」というところからスタートします。書き方をレクチャーし、共有するのではなく、「記録とは何なのか」という概念を問い正す感じです。ですから、そこに正解はありません。
雨宮:講師の方が、まったく別の視点から「記録」を捉えていたのが面白かったですね。ゼミの初回では、記録の大家と呼ばれる先生を招いて、記録の意味や大切さについてセッションをし、その次の回は汐見先生にお願いしたんです。すると、汐見先生はいきなり「記録なんて書かなくていい」と切り出したんです(笑)。正解のないゼミならではですよね。現場としては記録の大切さは感じるし、監査もあるので書かないといけませんが、一方で記録を書くために保育をしているような園もあります。それを考えると、「絶対に書かなければ」と考えるのは、確かに違うかもしれません。
そんなふうに一つのテーマを通して、目指すべき保育について考えたり、理想と現実のギャップを見つめ直したりするのが、ゼミの基本的なあり方です。そして、講師の方から投げかけられたことを各自で考え、自園で実践し、次の集まりで「今、こういうやり方をしてるんだけど、どう思う?」と話し合う。セッションもさることながら、ぐうたら村に集まってごはんを食べたりたき火を囲んだりしながら、本音で話せるのもこのゼミの醍醐味ですね。
——園長同士の横のつながりができることに、メリットを感じている参加者は多そうですね。今後は、どのような展開を考えていますか?
亀澤:ゼミで得た大きな視野をもとに、子どもたちをどう育てるか、子どもと大人がどう育ち合うべきかを考えながら、山梨の保育を進化させたいと思っています。今このゼミは山梨の幼稚園や保育園、認定こども園等を束ねるプラットフォームとして機能しているので、山梨の保育を変えるために活用していきたいですね。
雨宮:「リーダーズゼミ」を通じて、もっといろんな人と関わっていきたいです。今の保育園は一時預かりなどの機能が増えすぎて、このままではパンクしてしまうと思うんです。保育は本来、社会全体で担っていかないといけないのに、保育施設だけに任せてしまっている。なので、ゼミを保育施設と保護者、地域、行政がつながる場にして、みんなで考えながら自然な状態に戻していきたいと思っています。
——登録園も増えていきそうですか?
雨宮:現状は30施設ですが、来年度からは公立の保育園も参加するような動きもあり、保育士の学びの場を歓迎してもらっている感触があります。興味を持ってくれる人はいるので、今後も地道にやっていきたいです。
——「ほいくらし」の読者のなかにもリーダーズゼミのような活動をしてみたいという方がいると思います。最後に、そうした保育士さんに向けてメッセージをお願いします。
亀澤:保育士は、子どもたちの土台作りの時期に携わる職業。だからこそ、広い視野でものを見てほしいと思います。また人と関わって話をすると保育観も広がるので、いろんな職種の人と出会える環境を作ってみてください。子どもたちは、「楽しい」と思って生きている人の背中を見て成長していくので、保育士のみなさんには「自分が幸せに生きる」ということも大事にしてほしいですね。
雨宮:みなさん日々忙しくされていると思いますが、一緒にいる先生がつらそうにしていたら子どももつらくなります。「子どもの笑顔のために」といいながら、残業をして疲れていたら本末転倒なので、保育士さんたちにはいい意味で力を抜いてほしい。そして、ご自分の幸せと子どもの幸せの両方が追求できるような保育の場を築いていってください。
取材・文/木下喜子