「ノンコンタクトタイム」で不適切保育を防ぎ、ウェルビーイングな働き方を実現
勤務中の一定時間にあえて子どもから離れ、事務作業や情報交換の時間を確保するノンコンタクトタイム。多様な業務を効率的にこなせるだけでなく、保育士が気持ちを整える時間にも使えるため、「保育の質を高める試み」として、ここ数年あらためて注目が集まっています。上手に利用すれば、長時間勤務や残業といった、厳しい労働環境の改善にもつながりますよね。
そうした中、全国私立保育連盟は、2018年に認可保育所・認定こども園の保育関係者3,508人を対象にインターネット調査を実施し、「ノンコンタクトタイム調査報告書」を作成。ノンコンタクトタイムが浸透していない状況を踏まえて、「保育の仕事に長く携わるためにも、ノンコンタクトタイムをうまく活用しながら、ウェルビーイングな働き方を目指してほしい」と呼びかけています。
本記事では認可保育所の園長でもある齊藤さんに、現代の保育者を取り巻く働き方の課題や、ノンコンタクトタイムの導入によって期待できる子どもへの効果、現場に取り入れるコツなどをうかがいました。
\お話をうかがった方/
齊藤勝さん
公益社団法人 全国私立保育連盟 常任理事
社会福祉法人育子会 子供の城保育園 園長
1969年生まれ、岩手県出身。理系の大学を卒業後、ENEOS株式会社で工業用石油製品の技術セールスに従事していた。1998年、妻の実家である山形県上山市の「学校法人かしのき幼稚園」(現:私立認定こども園かしのき幼稚園お日さま)の3歳未満児受入施設(当時未認可施設)を法人化のために継承。2000年に法人設立後、翌年に認可保育所「私立子供の城保育園」を立ち上げた。現在は公益社団法人 全国私立保育連盟の常務理事として保育に関する情勢報告や調査レポートをベースにした情報提供も行っている。
「残業ありき」で日々活動している!? 保育者が抱える働き方の課題とは
──まずは、ノンコンタクトタイムの意義について教えてください。
齊藤:勤務中にあえて子どもから離れ、事務作業などに集中して取り組む時間を確保するのがノンコンタクトタイムです。ノンコンタクトタイムを取り入れることで、保育者の労働環境の改善や心身の負担軽減が実現できれば、保育の質向上につながるでしょう。また、園児への虐待や暴言といった、不適切保育を防ぐ効果も期待されています。
──しかし、忙しい保育者がノンコンタクトタイムを確保するのは、そう簡単ではないと感じます。
齊藤:私が所属している全国私立保育連盟がまとめた「ノンコンタクトタイム調査報告書」(2018年実施)によると、ノンコンタクトタイムを十分に確保できている保育者はけっして多くありません。具体的な数字を紹介すると、子どもと関わらない時間が「40分未満」と答えた保育士は、全体の71.8%。「0分」と答えた方は、全体の39.2%となっています。
また、「通常勤務時間内に終了する職務」を尋ねた質問への回答では、子どもと直接接する「保育」(84.4%)や保護者とのコミュニケーションに関わる「連絡帳記入」(64.7%)など、やりとりする相手がいる作業、あるいはどうしてもその日の勤務時間内に終えなければならない作業が上位にきています。
一方、「通常勤務時間後に行っている職務」を尋ねる質問では、子どもの指導方針を定める「日週月次案作成」(55.7%)や園児の成長を振り返る「個人票等記録記入」(57.4%)、「園行事の準備」(69.4%)などの回答が上位。やりとりする相手がいない作業は、勤務時間が終わってから集中して行う傾向にあるようです。
──「残業ありき」で保育の現場が回っている状況がうかがえますね。
齊藤:この調査を行った2018年当時、保育現場では休憩時間を事務作業にあてているケースが多かったのです。そのため、休憩時間をしっかり確保しましょうという意味で、勤務時間と休憩時間を合わせた9時間を「保育7時間:事務1時間:休憩1時間」の割合で配分することを目標としました。
ノンコンタクトタイムに先進的に取り組んでいる保育施設では、この割合を目標に、保育者が落ち着いた環境で自らの保育を振り返ったり、行事など園全体の業務を行ったりする時間を確保しています。しかしながら、アンケート結果からもわかるとおり、保育現場全体になかなか浸透していませんでした。
ノンコンタクトタイムには、不適切保育を防ぐ効果が期待できる
──ノンコンタクトタイムを導入すると、職場環境や保育者の働き方にどのようなメリットがあるとお考えですか。
齊藤:先ほどもお話しましたが、まず園児への虐待や暴言といった不適切保育を防ぐ効果が期待できます。いったん子どもから離れることで感情がリセットされ、イライラや気持ちのたかぶりが抑えられるからです。また第三者の視点で保育を振り返ることができます。
加えて、指導案や発達記録の作成に時間を費やせることも大きなメリットでしょう。ゆとりを持って勤務時間内に園長や主任に内容を相談・確認する機会が持てれば、独りで悩みながらの指導案や記録になりにくく、早めに軌道修正を図ることもできます。
さらに、担任を持たないフリーの保育者が活躍する場が広がるかもしれません。担任がノンコンタクトタイムを取っている時間帯は、子育てや介護などの事情があってフルタイムで働けない保育者が保育活動にあたる。そんなスタイルが当たり前になれば、働き方の選択肢が増え、雇用の創出につながるでしょう。
──一方で、子どもたちにはどのようなメリットがもたらされるでしょうか?
齊藤:さまざまな保育者と触れ合い、多様な保育を受けられることが、子どもたちにとってのメリットです。
義務教育の場でよくいわれる、「子どもは家庭や学校だけでなく、地域社会の中で多様な大人と接しながら育てるとよい」という考え方は、保育にも当てはまります。保育者との愛着が芽生えるまで時間を要する0〜2歳位までは、それを前提とした配慮が必要ですが、3〜5歳の子どもには比較的受け入れやすく効果的だと思います。ノンコンタクトタイムの導入によって、「園の子どもは園全体で育てる」というやり方が浸透すれば、子どもたちはより多様な経験や知識を得ることができるでしょう。
旧態依然とした感覚が、ノンコンタクトタイム導入をじゃましている!?
──保育者にも子どもにもメリットがあるのに、ノンコンタクトタイムの導入はなかなか進みません。その原因はどこにあるとお考えですか?
齊藤:「ノンコンタクトタイム調査報告書」を見ると、「1日の勤務の中で、直接子どもと関わらない時間が取れた場合、あなたの仕事はどのように変化すると思いますか」という質問に対して、「かなり良好になる」(39.5%)、「良好になる」(30.9%)、「少し良好になる」(28.1%)という回答が上位を占めています。
しかし、ノンコンタクトタイムを導入することで、仕事環境が「悪化する」と捉える人も一定数います。そうした方にあらためて話を聞いてみると、責任感の強さからくるものだと思いますが、担任以外の保育者が子どもを見ることを「よし」としない感覚があるようでした。また、「安全な保育ができなくなる」、「子どもの状況を把握できなくなる」という意見もありました。
保育に限らず、どのような現場でも安全が最優先ですから、そうした感覚が根強いのも理解できます。とはいえ、工夫次第で安全確保は実現できるはずです。
たとえば、私が園長を務める「子供の城保育園」では、ノンコンタクトタイムをスタートさせる際に無線を導入し、ノンコンタクトタイムに「誰が抜けて」「誰が引き継ぐのか」を園全体に知らせる仕組みをつくりました。これは、ノンコンタクトタイムを先行して実施している園からのアドバイスによるものでした。
口頭での言い伝えによって、特定の者同士で情報を共有しても、他の保育者は状況がわからず、万が一のトラブルに対応できません。そのため、無線で園全体に状況を知らせて、保育者全員に当事者意識を持ってもらうようにしたのです。また、引き継ぎ用の連絡には「LINE WORKS」を活用しており、ノンコンタクトタイム中の保育については写真等を活用しながら引き継ぎを行い、「どんな保育をしたのか」を報告するようにしています。
このように、園全体で保育の「見える化」を図り、ノンコンタクトタイムを導入した場合の園内の人的配置状況を全員で把握することは、安心・安全のベースとして必要なのではないでしょうか。
──園全体で情報を共有することが大事なのですね。しかし、園によってはいまだに、「ノンコンタクトタイムといいながら、単なる休憩になっているのでは?」と認識している責任者がいると聞きます。
齊藤:それはゆゆしき事態ですね。ただ、そういった状況もツールの活用や仕組みづくりによって対策できると考えています。
当園では、先ほどお話しした「LINE WORKS」を活用して、ノンコンタクトタイム中の成果物を全員が見られる環境にしています。そのため、ほかのスタッフに「休憩しているのでは」という疑いを持たれることは、まずありません。
仕組みや工夫という点でいえば、保育者と協議の上で、事務作業ごとの所要時間をあらかじめ見積もっておくことも大切です。園の仕事である以上、永遠に時間をかけるわけにはいきません。「あの先生は時間内に指導案を作成できなかった。私は早く終わったせいで別の仕事を追加された」といった不公平感をなくす意味でも、そうした見積もりは必要でしょう。結果的に、一定時間内に書類を作成する意識付けにもつながりました。
作業の効率化を目指すなら、「ノンコンタクトタイム中にどういった業務を行うのか」を、事前に決めておくのもおすすめです。導入前までは「○○について各自勉強しておきましょう」という声掛けだけで済まされていた事柄も、その時園で取り組みたい内容の研修動画を見てレポートにまとめるなど、保育力の向上を目指した活動をノンコンタクトタイムに行うのもよいでしょう。
ノンコンタクトタイムが、保育者のモチベーションアップにつながった
──貴園では、いつからどのようにノンコンタクトタイムを導入しているのでしょう。
齊藤:連盟が、「ノンコンタクトタイム調査報告書」をまとめ終えた2018年から導入を始めました。1人担任のクラスだったらフリーの保育者に引き継ぎ、複数担任なら1人は必ずクラスの子どもを見て、残りの保育者が順にノンコンタクトタイムを取る。それが当園のやり方です。時間的には60分単位でスケジュールを組み、45分間はノンコンタクトタイム、残りの15分は引き継ぎに充てるのが基本的なルールとなっています。
あわせて、引き継ぎと効果検証をしっかり行うことや、1人ひとりの活動を園全体に「見える化」することにもこだわっていますね。
──導入してみて、保育者のみなさんからはどのような声があがっていますか?
齊藤:好評です。「勤務時間内に仕事を終えられるようになった」という声を聞くことが多いのですが、私がいちばんうれしかったのは「より明確に目的意識をもって保育できるようになった」という反応ですね。上司や同僚のいる時間に指導案の添削や効果検証が可能になるので、その場で軌道修正ができ、保育の方向性のブレが少なくなり、内容が充実するようです。
他者からフィードバックを受けることは保育の基本の1つですが、ノンコンタクトタイムの導入によって、仕事の手応えやモチベーションアップにつながっているようにも思います。
──最後に、『ほいくらし』の読者である保育者に向けて、メッセージをお願いします。
齊藤:全国の保育施設は、保育者のみなさんに支えられて成り立っています。子どもの成長を見守る保育者の活動に意義を感じ、生涯の仕事として選んでくださったからには、できるだけ長く続けて欲しい。もし、「どうしたら子どもと楽しく向き合えるか」などに迷ったときには、一度立ち止まって考えてみるのも必要な事、まさにノンコンタクトタイム的な考え方です。もっと明確にノンコンタクトタイムが保育者の皆さんに確保されるよう、制度の実現を願っています。
みなさんの保育者ライフが充実するようなウェルビーイングな働き方は、結果的に保育の質を向上させ、子どもの成長にも貢献するはず。ノンコンタクトタイムが、その一助になれば幸いです。
◆公益社団法人 全国私立保育連盟:https://www.zenshihoren.or.jp/
◆社会福祉法人育子会 子供の城保育園:https://kodomo0236735665.jimdofree.com/
取材・文/岡山朋代 編集/イージーゴー