【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】コロナ禍に見えてきた「保育の楽しさ」

汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談が6月29日、インターネットのライブ配信にて行われました。対談は平日昼間にもかかわらず、保育士や園長先生など100名以上の方々がご視聴くださいました。

対談に先立ち、マイナビが実施した「コロナ禍における保育と育児の現状」に関するアンケートにより、現場の保育士さん、園長先生など経営層の方々、保護者の皆様が抱える「不安」が浮き彫りになりました。その結果を受け、汐見先生と井上先生が語る、今のこの状況だからこそ見えてきた「保育や育児への希望」とは―――。

構成/株式会社京田クリエーション 文/宇佐見明日香 写真/筒井聖子

自粛期間中の断捨離で暮らしの輪郭がはっきりした

井上先生

汐見:自粛期間中、さく子先生は、どのようにお過ごしでしたか?

井上:私は現役を退いてからこの6年、家のことをほったらかしにして、全国の保育現場を飛び回っていました。外出が制限される生活に最初こそ戸惑いましたが、これはきっと、自分自身と向き合いなさいと言われているのだと思い直し、すべての部屋の断捨離に本気で取り組みました。家がすっかり片付いてみると、心まですっきりしてなんて心地がいいんだろうと思いましたね。汐見先生はいかがお過ごしでしたか?

汐見:僕も似たようなもので、足の踏み場もないほど埋めつくされていた2トンもの書類や本を一掃しました。不思議なもので、足の踏み場ができてみると、ああしたい、こうしたいと自分の望む暮らしが見えてきたんです。足元を見つめざるを得なくなって初めて、足元にこそ大事なものがいっぱいあることに気づかされました。コロナ禍において、保育の現場でもそういった「気づき」がたくさんあったのではないでしょうか。

非常事態に実感した保育本来の楽しさとは?

汐見先生

汐見:自粛期間中も保育園では、医療従事者などリモートワークがかなわない保護者のお子さんを預かっていました。来園する子どもたちは普段の1、2割程度です。この少人数保育を経験し、「保育って、こんなに楽しかったのか!」という感想を持った保育士が非常に多くいました。

少人数だから異年齢保育になりますよね。すると、何も言わなくても上の子が下の子を世話します。すると保育士は、あの子にはこういう喜びや姿勢があったんだと気づく。普段の保育では、大人の都合で子どもたちを型にはめ、その型の中で行動させようとするので、子どもたちの自主性があまり見えません。それが、少人数になり、保育園が「暮らしの場」になった途端、子どもたちにどんどん自発的な行動が増えて、保育士がそれを目の当たりにする機会も増えていく。

コロナを通し見えてきた、保育の本来の楽しさ。その楽しさにヒントをもらって、私たちは今こそ変わるべきではないでしょうか。

保育のやり方を変えてみると、子どもはこんなにもイキイキするんだという、この発見を決して無駄にしてはいけません。それはこれからの保育に関する大きなヒントであり、楽しさであり、深さであると同時に本質です。一方的にウイルスにやられているだけじゃもったいない! コロナ後、保育は私たちが変えていくのだ。現場にはそういう議論が必要なのではないでしょうか。

保育園・幼稚園で「3密」は避けられない?

汐見先生と井上先生

井上:私は現役時代からずっと、集団で動かす保育ではなく、子どもたちが自らやりたいことに飛び込み、そこで飽きるまで没頭して遊べる保育を目指してきました。コロナをきっかけに、保育園でも3密を避ける、分散型の保育が模索される中で、私が目指してきた保育の形がその一助になるのではないかと期待しています。

汐見:さく子先生が園長をされていた「ひもんや保育園」での様子を思い返すと、子どもたちはそれぞれに、それぞれの遊びを見つけ、人に邪魔されたくないという思いもあって、自然と散り散りになって遊んでいました。ある子は木に登って遊び、ある子は砂場で遊ぶ。「危ないから、それで遊ぶの止めて、これで遊びなさい」と大人が言ってしまったら、それはもう子どもにとって遊びではなくなってしまうんですよね。

さく子先生の言葉で印象的なのは、「子どもたちは遊んでいるのではなく、遊ばされている」というものです。保育の現場で3密は避けられないと言われますが、本当にそうでしょうか? コロナを機に、子どもを集団で遊ばせるのが当たり前になっている、今までの常識を疑うべきだと思います。

先生が「何々ちゃん、こっちで遊びなさい!」と大きな声で叫ぶ。すると、そうしたくない子どもは先生の声に負けまいと叫び返しますよね。昨今、園児の声がうるさいと近隣からの苦情多いのも、先生がすべてを仕切っているからではないのか。現役時代のさく子先生はそのことにいち早く気づかれ、改善に努められてきました。子どもに限らず大人もですけど、何かに夢中になったり、没頭している間は静かなものです。元気に遊んでいるからうるさいっていうのは、我々の錯覚なんですよね。

それに子どもは自分のことをよく知っているので、10の力を持っている子は、11とか12の力を発揮すればできることに挑戦します。30の力が必要なことには本来挑戦しないんです。それを大人がやれというもんだから、やりたくない、集中できないから騒ぐんです。

井上:そうですね。大人の願い先行型ではなく、子ども一人ひとりが、何に困っていて、何を願っていて、何を求めているのかを読み取る力。子どもの見えない心持ちを見通す力を私たち大人がつけなければいけません。

今、大人の2倍も3倍も、子どもは不安を感じている

井上先生

井上:子どもと向き合う専門職のみならず、すべての大人が、子どもの未来を確かなものに保証していくために、環境を整える役割を担っていて、コロナのずっと以前からそこに着目してきました。そうして行きついたのが、子どもの自主性を育む「物的環境」と「人的環境」です。たとえば、保育園に遊具を増やすとします。実際にやったことで例を挙げると、園庭にお風呂マットの山や、お風呂の椅子をたくさん置いておきました。でもそこで「こういう風に遊びましょう」とか「順番につかってね」とか「足りなくなったらお友達に貸してね」というお膳立てを大人がしてはいけません。たださりげなく置いておいて、子どもたちが自ら気づくのを待ちます。子どもたちの方から「使っていいの?」と聞かれたら「好きに使っていいよ」とだけ言う。

すると、どうでしょう。子どもたちの手によってマットや椅子があらゆる場所に運ばれて行き、各々の場所では、大人が想像もつかなかったような豊かな遊びが、子どもの数だけ生まれます。そして、大人に指図されなくても、子どもたちが自ら考えたルールが守られるんです。

私たち大人はそんな子どもたちの様子に着目して観察する。そして、その遊びに何が足りないのか、どうすればもっと深まり、広がりをみせるのかを子どもの様子から学んでいきます。このように物的環境を整えるためにも、大前提としてあるべきは人的環境なのです。

大人たちが子どもたちをどう受け止めて、どう寄り添っていくのか。これまで通りを見直さなければいけない今だからこそ、子どもの成長を中心に据えて、全職員で話し合うべきです。それなのに今、保育の現場では、大人たちが不安でぐらぐら揺らいでいます。しかし、そんな大人の様子を見ている子どもこそが「誰を信じればいいの?」「誰を求めたら、受け止めてくれるの?」と大人の2倍も3倍も不安を抱えているんです。保育の現場のみならず、家庭での育児にも同じことが言えると思います。

汐見:保育の仕方次第で3密は避けられる。そういう新しい視点から新しい原理原則をみつけていくことによって、保育が楽で楽しくなる。さく子先生に、そんなヒントをもらったような気がします。(後半に続く)

コロナ禍に見えてきた「保育の楽しさ」-対談前編-

ここで対談の前半が終了。対談後半のテーマは、園や家庭での保育・育児において、子どもの自己肯定感を育む正しい「共感」です。そして、今、コロナ禍で必要な「共苦」という考え方についてもお話が進みます。また、予測不可能なこれからを生きる子どもたちが身につけるべき力について、両先生から貴重なヒントがもたらされました。対談後半もお楽しみに。

【対談後編|保育の楽しさってなんだろう?】子どもたちの背中を「大丈夫だよ」と押せる大人であるためにはこちら!

【動画】保育の楽しさってなんだろう?

こちらの対談の様子を動画でも配信中です。
いままでにないボリュームで、ここでしか見れない見ごたえある内容になっておりますのでこちらもぜひご覧ください!

【動画】保育の楽しさってなんだろう?

お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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