傷ついた子どもの心に寄り添う「司法面接室」

傷ついた子どもの心に寄り添う「司法面接室」

みなさんは、「司法面接」という言葉をご存じですか? 司法面接というのは、虐待や事件、事故の被害を受けた疑いのある子ども(および障害者など社会的弱者)から、できるだけ正確な情報を、できるだけ負担なく聴取することを目指す面接法を指します。そして、この司法面接を行うための「司法面接室」を神奈川県立こども医療センター内に設立・運用しているのが、今回紹介する「NPO法人子ども支援センターつなっぐ」です。

いま、なぜ司法面接室が必要とされるのか、被害を最小限に食い止めるため、傷ついた子どもの心にどう寄り添っているのか——。司法面接を取り巻く状況や具体的な活動内容について、事務局長の新井香奈さんにお話をうかがいました。

\お話を伺った方/
新井香奈さん
「NPO法人こども支援センターつなっぐ」事務局長

自衛官から転職したという新井さんは、「まったく違う仕事ですが『守りたい』という気持ちは共通しています」と笑顔で話してくださいました。抱いているのは、司法面接を受けた子どもにプレゼントするぬいぐるみです。

虐待を受けた子どもの二次被害、三次被害を防ぎたい

——現在、子どもたちが置かれている状況からお聞かせください。子どもの虐待は増えているのでしょうか。

新井:一時期のような大幅な増加は見られませんが、減っているわけでもありません。厚生労働省とこども家庭庁の統計資料から、令和3年度の児童相談所における児童虐待相談対応件数を見てみると、全国225か所の児童相談所で 対応した相談は207,660 件。過去最多の数字ですが、対前年度比については+1.3%にとどまっています。令和2年度の対前年度比が+5. 5%だったことを考えれば、増加の幅自体は小さくなったと言えるでしょう。

相談内容については、「身体的虐待」「ネグレクト」「性的虐待」を合わせた数よりも、暴言や面前DVといった「心理的虐待」のほうが多くなっています。

——そうしたなか、NPO法人子ども支援センターつなっぐではどのような活動を行っているのでしょうか。

新井:虐待、性暴力、いじめなどを受けた子どもたちの支援を行うのが主な役割です。つなっぐには、専門スタッフとボランティアスタッフが在籍しており、1つの場所に行けばすべてのサービスにつながる「ワンストップ支援センター」として活動している点に特徴があります。

今の日本では、虐待を受けた子どもに対して、教育機関、児童相談所、弁護士、警察などがそれぞれ専門的に対応していますが、それぞれの機関が縦割りであるために、必要な支援を連携させにくいという問題点があります。また、そうした体制だと、対応する相手が変わるたびに子どもがつらい話をすることになり、つらい体験を何度も思い出すことにもなりかねません。

実際、それによって被害を受けた子どもの心の傷がさらに深くなるケースもあり、そうした課題を解消するのもつなっぐの大きな使命と言えます。

——なぜ、「司法面接室」を作ることになったのですか?

新井:被害を受けた子どもたちが、医療や福祉、司法などから適切な支援を受けるためには、本人から被害の状況を聞き取る必要があります。そのため、2015年以降は、虐待が深刻な場合に検察、警察、児童相談所によって、「協同面接」や「代表者聴取」が行われているのですが、すべてのケースが聴取の対象にならないのが実情です。

では、そうした状況を改善するために何をすべきでしょう。まずは、聞き取りの機会を増やす必要があります。ただし、面接が心理的な負担になり、暗示や誘導に対しても脆弱なため、聞き取りには特別な配慮が必要です。そして、できるだけ少ない負担で、子どもから正確な情報を聞き取るためには、フォレンジックインタビュー(司法面接)のスキルが求められます。

つなっぐでは、神奈川県立こども医療センターの1室を借りて、以前から虐待を受けた子どもの聞き取りを行っていたため、「これを常設化すれば、もっと多くの子どもたちを支援できるのではないか」と考えて、司法面接室を作ることになったのです。

傷ついた子どもの心に寄り添う付添犬。面接や裁判などにも同行するのだとか。

子どもの負担を最小限に、中立な立場で聞き取る司法面接室

——「司法面接室」がどんな場所なのか、簡単に説明してください。

新井:被害児の心理的負担が最小限になるように配慮しつつ、専門スタッフが中立的に被害状況を聞き取る司法面接を行うための場所です。司法面接の内容は、録音・録画しているので、被害を受けた子どもは何度もつらい話をしなくてよくなります。

普段、子どもと接している保育士さんなら分かると思いますが、子どもは暗示や誘導に弱く、時間感覚もはっきりしていないので、事実関係を聞き取るのがとても大変です。そのため、司法面接室では専門の研修を受けたスタッフが子どもと接し、そのほかの専門スタッフは別室で映像を見ながら、面接をサポートします。

——子どもたちがリラックスできるように、ほかにもいろいろ工夫しているとうかがっています。

新井:司法面接室や映像を見るための部屋、子どもが過ごす待機室のベースは、ボランティアスタッフのみなさんと一緒に自分たちで作りました。置いてある家具やおもちゃはIKEA港北さんに寄付していただいたものなんですよ。おかげさまで、居心地がよくリラックスできる雰囲気に仕上がったと思います。

さらに、専門機関から「付添犬」の派遣もしていただいています。「なぜ付添犬が必要なの?」と思う方もいるかもしれませんが、付添犬は司法面接を受ける子どもの精神的な味方になってくれるんです。以前、何も話せない子どもがいたのですが、付添犬と一緒に過ごしているうちに気持ちが落ち着き、勇気を出して自分から被害を打ち明けてくれた、ということもありました。

司法面接前後に付添犬と触れ合った子どもには、IKEAさんのゴールデンレトリーバーのぬいぐるみをプレゼントしているのですが、夜不安で眠れなかった子どもがぬいぐるみを抱きしめて眠れたという話も聞いています。

——付添犬は、面接後も子どもの精神的な味方になっているのですね。

その通りです。

——司法面接室を医療センターのなかに作ったのは、何か理由があるのでしょうか。

新井:被害に遭った子どもをいち早く医療につなげるためです。司法面接の際には医師がバックスタッフとして入り、子どもの心理状態が不安定になった場合などに、緊急対応していただくことができるんです。

また、医療者が司法面接の際のバックスタッフに入ることで、被害の全体像を理解したうえで、面接後に実施する系統的全身診察(頭から足先まで全身の診察)を実施することができたり、その後の診察や治療に役立ったりするケースもあります。

そもそも、子どもにとって病院は比較的身近な場所です。知らない場所に行くことに対して不安を感じる子どもでも、「病院に行く」のは比較的受け入れやすいのではないでしょうか。

——司法面接室設立の際には、クラウドファンディングを活用されたそうですね。

新井:クラウドファンディングは資金集めだけでなく、「私たちの取り組みを広く知ってもらいたい」という思いから活用しました。1,458名もの方からご寄附をいただき、目標の310%を達成できたので、とてもありがたく思っています。

あわせて、応援のお手紙やメールもたくさんいただきました。なかには「こども医療センターでお世話になったから恩返しがしたい」という親御さんや、「私も虐待を受けていたので、今苦しんでいる子どもの力になりたい」という当事者の方からのメッセージがありました。

付添犬にはさまざまな犬種がいる。可愛い小型犬も活躍している

虐待の早期発見には、保育士の活躍に期待

——虐待を防いだり早期に発見したりするために、保育士にできることはありますか?

新井:普段から子どもやそのご家族と接している保育士さんだからこそ、気づけることは多いはずです。子どもに不自然なけががあったり、服装がちぐはぐだったり、自分より弱い子に威張り散らしたり、親の態度に違和感があったり……。「あれ?」と思うことがあれば、違和感をそのままにせず、少し気をつけて観察していただきたいですね。早期発見は、子どもの心身の傷を防ぐことにつながるので、虐待が疑わしい場合には、メモなどでいいので記録を残しておいてください。

——もし虐待に気づいた場合、保育士はどうしたらよいのでしょう。

新井:虐待をしていると思われる保護者に直接アプローチする前に、まずは同僚や主任保育士さん、園長先生に相談して、園全体でサポートする体制を作るのがよいと思います。ぜひ子どもの味方になって、安心させてあげてください。

ただし、緊急性がありそうなときは、ためらわずに「189」をダイヤルして、児童相談所に相談しましょう。児童相談所虐待対応ダイヤルは、一保育士として匿名で相談することも可能です。

——最後に、「ほいくらし」読者へメッセージをお願いします。

虐待をいち早く発見するためには、子どもたちと日常的に関わっている保育士さんが、現場でがんばってくださることがとても大切だと思っています。一緒に子どもたちを守っていきましょう!

私たちは子どもたちを支えるための専門的な研修も行っています。もし、活動に興味や関心があるようなら、ボランティアやサポートスタッフとして関わっていただくのも大歓迎です。そうやって一緒に支援の輪を広げていけたら、とてもうれしく思います。

NPO法人 こども支援センターつなっぐ:https://tsunagg.org/

<参考資料>
統計調査・白書|こども家庭庁: https://www.cfa.go.jp/resources/research/

取材・文/曽田照子 編集/イージーゴー

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