【前編】子ども、家族、地域の未来について語る保育園留学サミットが開催

【前編】子ども、家族、地域の未来について語る保育園留学サミットが開催

全国地域が連携して新しい子育ての可能性を創造する「保育園留学コンソーシアム」は、2023年10月14日(土) 、台東区東上野にある株式会社キッチハイクの本社で「保育園留学サミット」を開催しました。「保育園留学 コンソーシアム」には、「保育園留学 」(※)を展開している株式会社キッチハイクを中心に行政、認定こども園、支援企業が参画。同サミットでは、そのメンバーが一堂に会して、多種多様な視点から子ども・家族・地域の未来について、3つのトークセッションを行いました。前編では、保育園留学コンソーシアム会長のあいさつから、セッション1「保育園留学が変える、地域の未来」までの内容をお届けします。

※地域と子育て家族をつなぎ、1〜3週間家族で地域に滞在できるプログラムのこと。未就学児が見知らぬ土地の保育園を体験できるだけでなく、保護者も一緒にその地域の文化・暮らしを体験できます。

保育園留学は「地域に驚くべき変化をもたらしている」と佐藤さんは話します。

保育園留学コンソーシアム会長のあいさつ

開幕にあたって、保育園留学コンソーシアム会長であり、北海道厚沢部(あっさぶ)町長でもある佐藤正秀さんからあいさつがありました。ちなみに、「保育園留学コンソーシアム」の中心事業である「保育園留学」は、2021年に北海道厚沢部町からスタートし、これまで大人と子どもをあわせて1,400人以上、400家族以上(2023年12月1日時点)が留学しています。

佐藤:2022年度、厚沢部町では150組のご家族に、1週間から3週間滞在していただきました。以前は夏の時期以外、移住体験住宅の利用が少ない傾向でしたが、本事業がはじまってからは1年を通してほぼ満員になりました。また、少子化により定員割れとなっている認定こども園に、多くの子どもたちが通園してくださるなど、たくさんの目に見える効果が生まれています。そして何より、保育園留学に参加した子どもたちは、お互いを理解し、新しい友人関係を築きながら成長できる。それは、子どもたちの未来のためにとても大切なことだと思っています。

厚沢部町で撮影したばかりのブランドムービーを初披露。

続いて参加者は、保育園留学はじまりの地である厚沢部町の認定こども園「はぜる」で遊ぶ子どもたちと、留学家族の動画を視聴。厚沢部町の雄大な自然と、いきいきとした表情を見せる子どもたちの姿に、会場全体が目を奪われました。

セッション1 保育園留学が変える、地域の未来

\登壇した方/
【パネリスト】
山本雅也さん 株式会社キッチハイク代表取締役CEO
木口孝志さん 北海道厚沢部町政策推進課係長
橋端純恵さん 北海道厚沢部町認定こども園はぜる主任保育士 
森悟朗さん 株式会社ギフティ常務執行役員
【モデレーター】
西経子さん 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局内閣審議官

このセッションでは、保育園留学を実施するに至った経緯や、事業を持続可能にするための工夫、地域における変化について、立ち上げ当事者が中心となって語り合いました。

左から西さん、木口さん、橋端さん。セッションは終始なごやかなムードに包まれていました。

はじめにモデレーターの西さんが自己紹介を行い、続いて各パネリストが自己紹介と保育園留学における役割を語りました。

西:デジタル田園都市国家構想における地方創成を実行するための切り口は、「地方に仕事をつくる」「人の流れをつくる」「結婚・出産・子育ての夢をかなえる」、そして「魅力的な地域をつくる」の4つです。保育園留学は、これらのすべてに大きく貢献する取り組みだと思っています。

木口:私は2016年に厚沢部町の保健福祉課に配属され、認定こども園の立ち上げを担当しました。そのときにまず感じたのは、現場の先生たちがとても一生懸命に保育に取り組んでいるということです。とはいえ、認定こども園の立ち上げは本当に大変でしたね。当然、お金もかかりますし、保育事業を軽んじる声も少なくありません。そうしたなかで何度も心が折れそうになったのですが、子どもやその保護者の方に「厚沢部町で生活し、子どもを預けてよかった」と思ってほしい一心でがんばりました。2021年には政策推進課に異動になったのですが、保育園留学は移住するのと変わらない関係人口をつくることができるため、今はそのための政策を推進しています

橋端:厚沢部町で保育に携わって、30年近くになります。私が働きはじめた当時、厚沢部町は保育所が3つありました。その後、それぞれの老朽化を理由に1つの保育園にまとめることが決まり、新しく誕生したのが認定こども園「はぜる」です。子どもたちにとって 「いちばんよい保育環境」にする、保護者のみなさんにとっては「安心して預けられる場所」にする、そして私たち保育士にとっては「働いてよかったなと思える場所」にする。「はぜる」では、この3つの目標を達成するために日々活動しています。

左から森さん、山本さん。山本さんは「はぜる」の写真を見た瞬間を「雷が走ったような衝撃」と例えました。

:当社ではeギフトを軸として、人や企業と街との間にさまざまな縁を結ぶサービスを展開しています。サービスの1つに旅先納税がありますが、これは納税先である現地へ行き、その場で寄付をし、返礼として受け取った電子ギフトを使って、その場でサービスを受ける仕組みです。保育園留学とのシナジーを生み出せれば、地域の未来に役立てるのではないでしょうか 。

山本:保育園留学は、子育て家族が1週間から3週間地域に滞在。お子さんはその土地 の保育園に通い、親御さんはテレワークやリトリートを行うことで地域とつながる事業です。以前、私はビルに囲まれた横浜で暮らしており、いつも「娘にもっとよい保育環境を与えたい」と考えていました。そんなある日、仕事であっさぶメイクイーンのPRに携わり、「おいしいメイクイーンが育つ厚沢部町にある保育園ってどんな感じだろう」と検索したところ、偶然にも「はぜる」の写真にたどり着いた。ひと目見て、「娘をここに通わせたい」と思いましたね。今、保育園留学では、子どもの未来・家族の未来・地域の未来という3つの未来を見据えた活動を行っています。そして、その3つの未来を1つの事業でつくりあげることが、保育園留学に寄せられている期待であり、私たちの使命だと思っています。

参加者はときにうなずき、ときに笑顔を見せながら、登壇者の話に熱心に耳を傾けていました。

パネリストの自己紹介の後は、パネルディスカッションのスタートです。西さんは留学中の子どもや、その家族の様子について橋端さんに質問しました。

橋端:留学中の園児から、「厚沢部町の空は、なぜこんなにも広いの?」と聞かれたとき、最初はその意味を理解できませんでした。それで、いろいろ尋ねてみたところ、その園児はビルの谷間からしか空を見たことがないのだとか。その感覚に新鮮さを覚えましたね。反対に、受け入れ側の園児は4階建ての建物を見て、「留学生のあの子が住む40階はこれの10個分だから、空の上に住んでいるんだね」と話していました。「はぜる」の子どもたちは、厚沢部町にあるものが「当たり前」だと思っているけど、実はそうではない。それを「はぜる」にいながら知れるのは、とても素晴らしいことだと思います 。

発達に不安を抱えるお子さんのお母さんの話も印象的でした。その子は食に強い偏りがあったのですが、「はぜる」に来てからいろいろなものを食べるようになりました。でも、その姿を見たお母さんは「今までは私の育て方が悪かったのでしょうか」と泣き出したんです。それで私たちは「お母さんの育て方は間違っていないし、環境が変わったから子どもに変化があったんです。そして、その変化を与えてくれたのはお母さんなんですよ」という話をしました。それを聞いたお母さんに「東京に帰っても、ここに私の味方がいるから、また明日から子育てを頑張れる」と言われたときは、自分たちがやりたかった保育が実践できているという実感がありましたね。

保育園留学が、地域におけるウェルビーイングのための事業になるには、こども園や行政だけでなく地域の協力が必要です。その点について、西さんは「地域は保育園留学に、どのように関わっているのか」との疑問を投げかけました。

木口:厚沢部町は、2009年に「世界一素敵な過疎のまち」を目指すという目標を掲げて、街づくりをスタートしました。あわせて、町が100%出資をする「素敵な過疎づくり株式会社」も立ち上げました。2010年からは移住体験を通じて、関係人口をつくるという取り組みを行い、移住体験者には農業体験をしてもらうことで、地域との関わりを創出しています。また、「はぜる」の運営でも、地元の農家に協力してもらい、収穫を体験させてもらっています。ですから、保育園留学をやるからといって、地域と新たに関係性をつくったわけではなく、移住体験事業や「はぜる」の延長線上に保育園留学があるという感覚ですね。バラバラに存在していた 既存のサービスをパッケージ化したのが保育園留学で、すでに基礎があったことからフラットにはじめられた。そう感じています。

保育園留学の立ち上げの資金は、厚沢部町のようにデジタル田園都市国家構想交付金を活用することで賄えます。しかし、事業を継続するには地域でお金を生み出し、循環していくことが重要です。そこで大きな役割を果たすのが、森さんの携わる事業ではないか と西さんは指摘します。

:観光、飲食、アクティビティなどを提供する第三次産業がふるさと納税の恩恵を得られたら、物の返礼品とはまた違う効果が生まれるのではないか。そんな考えから生まれた のが、ふるさと納税の制度を利用した旅先納税です。例えば、保育園留学に行こうと決めた方は、留学先がいちばん応援したい町になると思います。そして、その方々は留学先で寄付をして消費をしたり、保育園留学の費用に充てたりする。そうした活動は関係人口の創出に直接つながるので、新たな地方創生のチャネルを生み出したり、地域の事業を自走型にしたりするのに役立つと考えています。

Q&Aのコーナーでは、会場にいる参加者やオンラインの参加者から寄せられた質問に対して、パネリストが回答。次のようなやりとりが行われました。

橋端さんは「在園児のコミュニケーション能力の高さに驚かされている」と語りました。

Q:受け入れる側の子どもたちは、ホストをつとめるのに疲れてしまったりはしませんか?

橋端:はじめはそういう懸念もありましたが、子どもたちは大喜びで迎えています。疲れるどころか、自分たちの楽しいこと、場所、遊びを教えたくてうずうずしていますよ(笑)。厚沢部町は小さい街なので、一度同級生になると人間関係が固定されやすいんです。だからこそ、留学生の存在はよい刺激になるのでしょう。お別れのときは悲しくてみんな泣きますが、それはつらいからではなく、一緒に楽しく過ごせたから。そういった気持ちを育むことは、子どもたちにとってとても大切です。それを考えると、保育園留学をデメリットだと感じたことはありませんね。

Q:永住、移住につながる割合はどれくらいでしょうか?

木口:保育園留学に関連した移住者だけでなく、仕事の関係で移住する人もいるので、保育園留学に限った割合を出すことは難しいです。少し話はそれますが、日本全体の人口が減るなかでの移住は、地方間で人口の奪い合いになりかねません。だからこそ、町に来て飲食をしたり、道の駅で買い物をしたりするだけで、住んでいるのと変わらない経済効果があるということを知ってほしいですね。そして、それを実践してもらうためにも、来たい人が来たいときに来られる仕組みづくりが必要だと思っています。

さまざまな立場から活発な議論が行われたセッション1は終盤を迎え、パネリストがそれぞれに感想を述べていきます。

木口:開始1年目の募集で、100組を超える申し込みがあったのですが、こんなにたくさんの留学生とご家族に来てもらえるとは、想像していませんでした。行政にいると、正直新しいことがはじめづらいです。しかし、保育園留学に関しては、直感的に「やれる!」「やらなければいけない!」と思いましたし、このために「はぜる」の立ち上げに携わってきたのだと感じました。保育園留学を厚沢部町だけで留めるのはもったいない。これからは、もっと全国の方々とつながって、保育園留学を広めていきたいと思っています。

橋端:「はぜる」を訪れた留学生の数は、もうすぐ400人になりますが、留学生だからといって、特別何かをすることは一切ありません。今、「はぜる」にあるものを望んで来てもらっているので、私たちはなるべくそれをそのまま提供しようと思っています。これからもより多くの子どもたち、そして保護者のみなさんと、楽しいことや悲しいことを共有し、少しでも子育てを楽しめるお手伝いをできたらうれしいですね。そして、厚沢部町がこういった事業を推進する元気な町であるということを、1人でも多くの人に知ってもらいたいです。

:初めて保育園留学を知ったとき、ワーケーションをする保護者のための一時保育サービスだと勘違いしていました。しかし、立ち上げに関わったみなさんの話を聞いて、子どものためサービスだと実感することができました。それと同時に、関わっているすべての人を幸せにするサービスであるようにも感じています。

山本:保育園留学は、ひと言で言えば希望です。日本で重要視されている、地方創生と子どもの未来という2つの未来をつくるため、保育園留学を全国に広めたいと思っています。

(後編に続く)

◆ 保育園留学:https://hoikuen-ryugaku.com/
◆ 保育園留学コンソーシアム :https://hoikuen-ryugaku.com/consortium
◆ 株式会社キッチハイク: https://kitchhike.jp/

取材・文/増田 洋子 写真/木村 周平 編集/イージーゴー 

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