ミュージック・ケアで子どもの発達を促す~活動で育まれる力とは?~

ミュージック・ケアで子どもの発達を促す~活動で育まれる力とは?~

みなさんは「音楽療法(※)」や「ミュージック・ケア」という言葉を聞いたことがありますか?

音楽療法とは、「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障がいの回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などにむけて、音楽を意図的、計画的に使用すること(日本音楽療法学会の定義)」とあり、ミュージック・ケアは「音楽の特性を利用してその人がその人らしく生きるための援助を行うことであり、子どもの場合は発達援助を行うことである(日本ミュージック・ケア協会の定義)」と書かれています。単に楽器演奏、歌唱、ダンスなどの技術を学ぶところではなく、心のケア、発達支援、機能回復などに役立つものです。

今回は、子育て支援活動にミュージック・ケアを取り入れている任意団体「るりゆーる」(鳥取県)のみなさんに、ミュージック・ケアを活用した取り組みや、ミュージック・ケアによってどんな力が育まれるのかについて、お話をうかがいました。

※活用する人によって違ってきますが、医師、看護師が活用する場合は医療的効果となります。教育、福祉、保育、子育て支援、障がい者施設、高齢者施設、地域活動などそれぞれの場で、活用できます。心や体の課題をやわらげる効果が期待されています。

\お話をうかがった方/
るりゆーる代表 淺見真子さん
事務局・会計 三村恵里さん
事務局・広報 樫村ふみ代さん

るりゆーる代表の淺見さん(中央)と、樫村さん(左)、三村さん(右)

音楽でその人の持つ生きる力を引き出すミュージック・ケア

——ミュージック・ケアの概要について教えてください。

淺見:ミュージック・ケアは、音楽の特性を使って対象者の心と体に心地よい刺激を与え、情緒の回復や安定、運動感覚や知的機能の改善、発達支援などを行う活動です。障がいの有無に関わらずどんな人でも対象となり、子どもの場合はそれぞれが持っている力を最大限に発揮させながら、発達をサポートしていきます。1960年代から1970年代に活躍された音楽教師・加賀谷哲郎先生のメソッドを基に、NPO法人日本ミュージック・ケア協会の理事長である宮本啓子氏が体系化しました。

このメソッドは、心身の発達や身体機能の維持改善に必要な動きや、情緒の安定に大切な動きをパターン化した基本動作と発話などに必要と考えられる刺激や動作に応じて作曲された、オリジナル曲を使用しているところに特徴があり、日本独自に実践研究が行われてきた音楽療法の手法の1つです。

ミュージック・ケアは、音楽の持つ、心を癒やしたり、満足させたりする力、身体の動きを引き出す力、呼吸を合わせてともに活動するきっかけを作る力などを利用しています。活動に参加した方の年齢や、そのときの体調や気持ちに合わせて、プログラムを組み立て提供します。無理なく、楽しく、見通しを持って参加してもらうことのできる活動です。
以上(ミュージック・ケアその基本と実際 宮本啓子著 より抜粋)

——ミュージック・ケアの理念はどのようなものですか。

淺見: 加賀谷哲郎先生は「だれでも・どこでも・いつでも」という言葉を大切にしていました。どんな貧困のかたでも、重い障がいを持っている人でも差別されることなく、発達を保証されるべきであると言う考え方です。その為にこそ、誰でもが 同じステージで楽しめる音楽が大切だと考え、オリジナルメソッドを開発されました。

また、「技術じゃないよ 心だよ」という言葉も残されましたが、音楽教育や音楽技術を獲得するだけでなく心を育てることを大切にしていました。さらに、ミュージック・ケア(宮本啓子先生命名)は「人間は一生涯、生きる力、成長しようとする力」をもっており、その力を醸成・回復するためのものと考え、多くのメソッドも開発し、裏付けとなる理論を構築してきました。さらに「ケア」とはする側とされる側に分かれるのでなく、「ケアされあう関係」を大切にしてきました。

——「子どもの発達支援」という視点で見たとき、ミュージック・ケアにはどのような特徴があるのでしょうか。     

子どもは、さまざまな関わりのなかで少しずつ成長の土台が積み重なり、段階的に発達していきます。そして、ミュージック・ケアの特徴は、そうした段階を意識したプログラムが用意されている点にあります。たとえば「こういう動きができるようになると、折り紙を片手で押さえて折ることができる」といったように、発達の段階とミュージック・ケア内での動きが連動しているので、段階的に的確な支援ができるのです。

色によって音色が違う楽器「キララ」。中に鈴が入っていて、「シャリン、シャリン」と鳴らして遊びます。

「孤育てをなくしたい」という思いから生まれた「るりゆーる」     

——淺見さんが「るりゆーる」を立ち上げたきっかけを教えてください。

淺見:私自身、長男が生まれたときに1人で育児の悩みを抱え込んでしまい、とても孤独な状況でした。なかなか寝付かない子だったので、睡眠を十分に取ることができず、そのうえアレルギーもあったので、親子ともに食事制限を課されていたんです。そうした生活は、自分の思い描いていた理想の子育てとはかけ離れており、「なぜこんなにつらいのだろう」と落ち込み、精神的につらい日々を送っていました。

そんなある日、産院のベビービクスに参加したら、同じような境遇のお母さんと不安や悩みを分かち合うことができ、心がすごく楽になったんです。そうした経験から「孤独な育児をする人のために、親子が集まれる場を作りたい」「不安を分かち合い、孤育てをなくしたい」と思い、2006年に三村さんと2人で「るりゆーる」を発足させました。

——はじめはベビーマッサージ教室だったとうかがっています。ミュージック・ケアを取り入れた経緯はどのようなものだったのでしょう。

淺見:ミュージック・ケアには、私が特別支援学校の教員として働いていた時期に出会いました。当時、どうしても信頼関係を築けない生徒がいて、途方に暮れていたときに同僚からミュージック・ケアのことを教えてもらったんです。大学の専攻科で行っていたセラピーで、音楽がもたらす効果について、感じるものがあったので、すぐに受講を決めました。

——結果的にミュージック・ケアの学びはよい方向に働いたのでしょうか?

ミュージック・ケアを体系的に学んだことで、「その生徒にとって私の関わり方のどこが嫌だったのか」「相手の気持ちを受け入れるというのはどういうことなのか」を理解できるようになったと思います。それで、ミュージック・ケアメソッドを用いて私の関わり方を変えてみたところ、その生徒との関係が劇的に改善されました。年度が終わる頃には、私の姿を探してくれるようになったのです。その感動は今も忘れられません。

そうした経験をもとに、赤ちゃん期が終わっても、親子、そして、親同士も楽しく関わることができ、子育ての輪を拡げていく活動として、ミュージック・ケアのプログラムを実践することにしました。

子どもや保護者が「安心して参加できる場づくり」がいちばん大事

——ミュージック・ケアを実践するなかで、特に力を入れているポイントは何ですか。

樫村:ミュージック・ケアには、「人より早く」「誰かより上手に」といった考え方がありません。だれでも成長することを信じることであり、「待ちのセラピー」なんです。

淺見:ですから、子どもや保護者が「安心して参加できる場づくり」をいちばんに考えています。人見知り、場所見知りをする子や障がいのある人の場合なら、「無理に何かさせられるのかな」「動かないと怒られるかも」といった不安を与えないように、声かけやリラックスできる雰囲気づくりを徹底する、といった具合ですね。大きい音にドキドキする子には、オルゴールの曲からはじめたりもします。     

——人気があるのは、どのようなプログラムですか?

淺見:大きい布を上からふわっとかけたり、布の上にごろんと寝たりする「宮本啓子先生考案のフラップバルーン」でしょうか。リズムに合った大きな布の動きに、警戒していたお子さんも、ふっと気を許して参加してしまうのです。

もちろんフラップバルーンにも目的があります。第1の目的はクラシック曲や激しいリズムのポピュラー音楽などを体感・鑑賞するためのものです。ですから操作する人は、音楽のフレーズや、曲想に合わせて動かす必要があります。第2になんといっても決まった動きがあるわけでなくワクワクするようなものですから、興奮状態と開放感を味わうことができ、誰でもが楽しんで集団参加ができるようになります。また、第3に活動の始まりと終わりを明確に体感することで、興奮状態と静止状態を経験し自己調整力や相互調整力を獲得することができます。

フラップバルーンにすっぽり包まれて、安心感を味わいます。

ミュージック・ケアでは、音楽があるおかげで気持ちが開放的になり、単に「動こう!」と運動を促すよりも参加しやすくなるようです。また、音楽のフレーズに合わせて、保護者が「ばぁっ」と子どもに顔を見せるなど、意識して親子が目を合わせてコミュニケーションするポイントを作っているのも、ミュージック・ケアメソッドの特徴です。その音楽を聴いて、「次は『ばあっ』が来るぞ!」と予測することは、子どもの先を見通す力を育成することにつながります。

メソッドの後は、子どもたちをありのままに受け入れるようになる

——ミュージック・ケアによる心理的・肉体的な影響や変化で、印象に残っている事例はありますか。

樫村:最初は泣いてばかりでまわりが見えていなかった子も、回数を重ねるにつれて、「今は待つ時間だ」「今は跳んでもいい」など、「まって」や「あとで」など行動のタイミングがわかってきますね。ほかにも、楽器の片付けをしてから次の活動に行くようになったり、お友だちの楽器を奪わなくなったりなど、子どもたちの成長が少しずつ見られます。

淺見:以前、まだ力の加減ができず、楽器を持った腕を激しく振り降ろしたり、大きな音で鳴らしたりしてしまう子がいたのですが、力加減を体得できるよう、ねらいを持って活動したところ、45分間の活動で力加減が大きく改善されたという例もあります。こうした事例からも、ミュージック・ケアが情緒の安定や発達、身体機能の維持・改善を目指して開発されていることがわかるのではないでしょうか。     

上下に振ったりひっくり返したりすると「シャラシャラ」と美しい音が鳴る楽器。奏でる音が雨の降る音に似ていることから「レインスティック」と呼ばれています。     

——保育園では、どのようにミュージック・ケアを展開していますか?

樫村:私が保育園にミュージック・ケアに行くと、「外部の先生が来られたのだから、子どもたちをちゃんとさせなくちゃ」と、保育者が緊張してしまうことがあるんです。なので、そうした場面では「先生も楽しんでください」「危険でなければ子どもたちを自由に放っておいてください」とお伝えするようにしています。ミュージック・ケアは、保育者も含めてみんなで楽しんでこそのもの。先生たちが一緒に楽しむ様子を見ると、子どもたちもすごく喜ぶんですよ。

淺見:ミュージック・ケアを実践するなかで、保育者の視点が「子どもたちに〇〇させなければいけない」から「子どもたちをありのままに受け入れる」に変化していくように感じます。それもあって、「普段の保育では見られない子どもたちの姿が見られました」「子どもたちをより優しい目で見られるようになりました」などの感想をいただくことが多く、とてもうれしく思います     。

「るりゆーる」の活動を通じて、「優しい目線」を持つ人を増やしたい

——これからの「るりゆーる」の展望を教えてください。

三村:すべての子どもたちに、安心できる環境で成長してほしいと思っています。そのためには、鳥取市を保護者が安心して子育てができる地域にしていきたいですね。「るりゆーる」も、子どもたちの育ちの土台をしっかりと支え、成長を喜び合えるような場所であり続けたいと思います。

淺見:子どもの育ちを支えている保護者や保育者にこそ、元気になってほしいという思いがあります。今は感染症や経済的な問題、治安、災害などの心配ごとが多く、子育てをしていくのは本当に大変です。私たちに、そうした大きな流れを変える力はありませんが、保護者が「私も頑張っている」と自分を認め、気持ちを立て直せるような交流の場を提供することはできます。

だからこそ、これからも継続的にイベントなどを開催し、ミュージック・ケアのメソッドで「優しい目線」を持つ人を増やしていきたいですね。

◆るりゆーる
Instagram:https://www.instagram.com/relieur.tottori/
ブログ:https://ameblo.jp/relieur-tottori/entry-12841067997.html

取材・文/二階堂ねこ 編集/イージーゴー

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