ADHDの子は「無視」すべき!?発達障害の子どもへの運動指導にあたって知っておくべきこと|スポーツひろば代表・西薗一也
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文部科学省の2012年の調査によれば、全国の公立小中学校の通常学級に在籍する児童生徒のうち、発達障害の可能性がある小中学生はおよそ6.5%。その割合は徐々に増加中だといいます。発達障害の子どもはその特性上、運動においてもさまざまな壁にぶつかるものですが、発達障害の子どもに運動指導する際、保育士はどんな意識を持って、何に注意するべきでしょう。運動が苦手な子どもたちを対象にした運動教室「スポーツひろば」代表であり、発達障害の子どもの運動指導に関する著書もある西薗一也先生に、アドバイスをお願いしました。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム)
取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
■縄跳びは、発達障害の子どもにとっての超難関
——発達障害の子どもたちは、運動に関してどんな特徴を持っていますか?
発達障害は、注意欠陥多動性障害、自閉症スペクトラム障害、学習障害にわけられますが、共通して多く見られるのは、「発達性協調運動障害」という障害の併発。簡単にいうと「手足をバラバラに動かすことがすごく苦手」という障害です。
そういう子が苦手とする運動のひとつに、縄跳びがあげられます。できる人からすると、「縄跳び=単純な運動」のように思えるかもしれませんが、実際はとても複雑で、難しい運動なのです。たとえば、ジャンプをするとき、人間は後ろに引いた腕をぐっと上に振り上げながら跳び上がりますが、縄跳びではジャンプしながら腕を下に振り下ろさないといけません。そう考えると、とても不自然な動作だとは思いませんか? 当然、小さな子どもには難しい動きですし、発達性協調運動障害の子ならなおさらでしょう。
——発達障害の子どもが、発達性協調運動障害を併発しやすい理由はどこにあるのでしょう。
発達障害の子どもには、「原始反射」が残りやすいという特徴がある、というのが理由のひとつです。原始反射とは赤ちゃんに起こる反射行動のことで、「赤ちゃんの手に指を置くと握る」というものもそのひとつ。赤ちゃんは握りたくて握っているわけではなく、「手のひらになにかが触れると自然に手を閉じる」という反射を起こしているのです。
そして発達障害の子は、そういった反射行動が長く残りやすい傾向にあります。そのため、運動の最中にも反射行動が起きてしまい、手足をバラバラに動かすなどの複雑な動きがうまくできなくなるのです。
——原始反射のせいで運動がうまくできないと、苦手意識をもってしまいかねません。
おそらく、運動に対するやる気を失ってしまいますよね。わたしの運動教室に通う小学生には、幼児のときに運動に対する苦手意識を持ってしまった子が本当に多いのです。その観点からすると、保育士さんたちは「子どもの将来的な運動に対する意識」を左右する、とても重要な立場にあると思います。
注意欠陥多動性障害の子どもには「注意しない」
——発達障害の子どもに運動指導する際は、どのような点に注意すればいいのでしょうか。
周囲の子や一般的なレベルと比べるのではなく、その子自身の努力や成長をほめることが大事です。たとえ縄跳びが1回もできなかったとしても、何度も挑戦していたとしたら、それはその子にとって大きな努力。しっかりほめてください。
また、「注意欠陥多動性障害の子どもには注意しない」ということも意識してほしいポイント。もっと極端にいえば、無視してほしい。注意欠陥多動性障害の子どもは、指示を聞かなかったり突発的な行動をしたりで、指導やしつけが難しい面があります。でも、そういう場面で注意を繰り返しても、いい方向には絶対に進みません。それどころか、その子は「大人は注意ばかりする」という認識を持ってしまい、ますます指示を聞かなくなってしまうでしょう。
だからこそ、「先生のいうことを聞けばこんないいことがある」「こんな体験ができる」というふうに「喜びを感じさせる」ことが大切なのです。そして、そのためにも「望ましい行動にスポットをあてる」ことを重視してください。たとえば、30分の運動の時間において、その子が一切指示を聞かないかといったらそうではありませんよね? 指示を聞いてくれる瞬間は必ずあるはず。そこを逃さず、「先生の話をよく聞いてくれたね」とほめてあげるのです。
加えて、「長期スパンで考える」ことも大切です。保育士や教員のなかには、「すべてを完璧にこなしたい」という考えの人が多いように感じますが、その意識で「これじゃ駄目だ」と事あるごとに注意し続けたら、どうなるでしょう。おそらく、その子は1年経っても何も変わらないと思いますし、それこそ「大人は注意ばかりする人」という認識を持ってしまうに違いありません。
そうではなく、「最初は30分のうちの1分だけ指示を聞いてくれればいい」「1カ月後に2分を目指そう」というふうに、あわてず長期スパンで考える。注意欠陥多動性障害の子を指導する際は、この視点が大事です。そうやって、指示を聞いてくれる時間を1カ月に数分ずつ増やして、1年後には20分を超えたとしたら……。それは、間違いなく大きな成長といえるでしょう。
自閉症スペクトラム障害の子どもの「不安を軽減する」
——自閉症スペクトラム障害の子どもについてはいかがでしょうか。
「なるべく不安を軽減する」というのが鍵になります。自閉症スペクトラム障害の子は、決まったルールのなかでは落ち着いているものの、ルールから逸脱するようなことが起きると、途端に不安になってしまう傾向があります。
運動でいえば、“これまでに経験がないこと”を取り入れるような場面で不安を感じます。ですから、新しい運動を取り入れる場合でも、「運動の時間の前半はいつもと同じ運動をする」といったことを心がけてほしいと思います。
また、自閉症スペクトラム障害の子は、先の見通しが立たないことに対しても不安を感じます。ですから、運動をはじめるときには「今日はこの運動をして、そのあとはこれ……」というふうに、すべてのメニューを教えてあげてください。
——不安を取り除いてあげるのも、大事な役目ということですね。
その点は、健常の子も同じです。わたし自身、親御さんや保育士さんから、「子どもが運動をやりたがらない」という相談を受けることもありますが、その子が自閉症スペクトラム障害かどうかは別として、その多くは不安が原因です。
自分が子どものときを思い出してみてください。運動教室に限らず、なにか習い事をはじめるとき、初日はすごく不安でしたよね。なぜかというと、行った先で何をするのかわかっていないからです。でも、教室に通ううちに、やることの流れをつかめばもう大丈夫。安心して教室に通えたことと思います。
恐怖には慣れるが、痛みには慣れない
——発達障害の子どもに運動指導をするにあたって、ほかに注意点があれば教えてください。
「痛み」に注意することですね。これは、発達障害の子どもに限ったことではありませんが、特に自閉症スペクトラム障害の子どもには、感覚過敏の子が多い。
——確かに、痛みや恐怖で運動を敬遠する子どももいます。
痛みと恐怖について言えば、「恐怖には慣れるが、痛みには慣れない」という言葉を覚えておいてください。つまり、「痛いから運動をしたくない」という子に対しては、痛くないやり方を教えてあげるしかないということです。
痛みを感じる典型的な運動のひとつに、鉄棒があります。みなさんは、鉄棒の基本姿勢である「つばめ」はご存じでしょうか。鉄棒の上で両手を伸ばして、身体を支える基本的な姿勢のことですが、高さを怖がってしまう子どもがこれをやると、できるだけ自分の頭の位置を低くしようとしたりします。しかし、それだと腕が曲がって、お腹が鉄棒に乗るかたちになるのでとても痛い。
そうならないためには、痛くないやり方をきちんと教えてあげることと、そのために必要なトレーニングをさせることが大切です。自分の体重を支えられる腕の筋力がなければ、つばめの姿勢はとれませんからね。
——「恐怖には慣れる」というのは、どういうことでしょう。
きちんと段階を踏めば、恐怖に慣れることができるということです。鉄棒の前まわりは、つばめの姿勢から勢いよく身体を倒して回転する必要があるため、怖がる子どもが多いもの。ですから、最初のうちは「ほんの数センチでいいから、前に身体を倒すこと」を目指して指導します。そうやって、都度「いまのは怖くなかった?」と確認し、できたことをほめてあげる。それを繰り返しながら、徐々に前に身体を倒せるようになるように導いてあげるのです。
前まわりがきちんとできたときにほめるのはもちろん、それ以前でもほめてあげるべきポイントはたくさんあります。そういう意識を持って、段階的に恐怖を取り除いていくようにしてください。
一般社団法人子ども運動指導技能協会理事。
日本体育大学卒業後、一般企業を経て家庭教師型体育指導のスポーツひろばを設立。
運動が苦手な子どもを対象にした体育の家庭教師の事業をはじめとして、子ども専用の
運動教室の開設や発達障害児向けの運動プログラムの開発など、新たな体育指導法の
普及に幅広く取り組む。著書に『うんどうの絵本 かけっこ』『うんどうの絵本 なわとび』
『うんどうの絵本 ボールなげ』『うんどうの絵本 すいえい』(いずれもあかね書房)、
『発達障害の子どものための体育の苦手を解決する本』(草思社)がある。
『小学校体育 つまずき解消事典』
西薗一也 著
明治図書出版(2021)