【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】否定語を使わない保育、自己肯定感をはぐくむ保育とは

【対談前編|保育の楽しさってなんだろう?】否定語を使わない保育、自己肯定感をはぐくむ保育とは

9月24日に開催された汐見稔幸先生と井上さく子先生の対談、第2回は「否定語を使わない保育、自己肯定感をはぐくむ保育とは」です。 「自己肯定感とは何なのか」にはじまり「保育者が果たすべき役割」から「その役割を果たすことで気づく保育の楽しさ」にまで話が及びます。知識と経験に裏付けられたお二人の対談は、保育士はもちろん子どもと関わるすべての大人必読の内容です。

構成/株式会社京田クリエーション 文/宇佐見明日香
タイトル写真/筒井聖子 本文写真/ブライトンフォト(和知 明)

子どもの「NOサイン」を見逃さずに受け止める

汐見先生

汐見:コロナをはじめ自然災害や環境問題など、人々の生活や命を脅かすような出来事が次から次へと起こる現代において、心の健康「メンタルヘルス」は、私たちの最重要課題ともいえます。心の健康があるから、正しく恐れることができ、希望を見いだすことができる。その希望に向かうための荷物を背負いながらも、やっぱり生きるって素晴らしいという喜びが何にも勝る人になれるように、私たちは何を大事にして保育をしていけばいいのでしょうか。

今日は、メンタルヘルスに大きく関わる、自己肯定感や自尊感情、非認知能力の育ちの原点でもある「乳幼児期の保育」に的を絞って、お話しを進めていきたいと思います。そもそも、さく子先生は、子どものメンタルヘルスをどのようにイメージされていますか?

井上:「僕は誰よりも僕が好き」「私は誰よりも私が好き」と言える子どもになって欲しい。というのが、現役時代から変わらない私の一番の願いです。いい事ばかりではないけれど、「僕は僕なんだ」「私は私なんだ」とめげずに自分を肯定し、主張し続けていく。その先に、未来が見えてくると信じているからです。

汐見:子どもが100人いたら100通りの人生を歩んでいくわけですが、「僕は僕が好き」「私は私が好き」といえる子に育てることが、私たち保育者の共通の仕事というわけですね。非常にわかりやすい。では、そういう子どもに育てるために、保育者はどのような役割を果たせばいいのでしょう?

井上先生

井上:0・1・2歳の乳幼児期から子どもの「NOサイン」を無視しないことです。たとえばおむつ替え。「おむつを替えようね」と子どもに許可を取り、子どもの返事を待ちます。赤ちゃんですから、言葉にはできないまでも、必ずリアクションがあるはずです。そこで、もし嫌がったら「今は嫌なのね」と、その子の気持ちを一旦、受け止めてあげてください。

子どものNOに対して、大人はNOで返さない。「じゃ、いつだったら替えますか?」「大丈夫になったら教えてね」などと言葉を添えて、その場を離れ、ほかの子どもの対応や作業にあたります。すると、子どもは葛藤します。「おむつ替えイヤだって言ったら、先生はほかの子の所へ行っちゃった…」「おしりが気持ち悪い。さっき替えるって言えばよかった…」などと心を揺らします。子どもが主体性を持って生活習慣の自立を目指すためにも、この葛藤が必要なんです。ごはんの時間、ねんねの時間と大人が牛耳って、子どもの気持ちを無視してはいけません。

汐見:なるほど。一日に何度も行うおむつ替えという行為の中で、自分の気持ちを無視され続けている子とそうでない子とでは、自己肯定感の育ちがまったく違ってくるでしょうね。 お散歩の場面でもそうですね。お散歩に行きたくない子どもがいるとして、「集団行動を乱さないで!」と強引に連れていくのは大人の都合。そうではなくて、子どもの気持ちを一旦受け止める。その上で、「出発までに行きたくなったら教えてね」とか「それなら△△先生とお留守番していてね」と次のアクションを提示する。すると、「待っているのは退屈だな」とか「やっぱり行くって言おうかな」と子どもは葛藤します。

つまりは、子どもが自分で葛藤し、自分で決めることができる状況を当たり前にすることが大人の務めだと。

井上:はい、その通りです。生活習慣の自立をうながす、すべての行為に通じる話だと思います。

「ありのまま」を大事にする具体的な方法

汐見先生と井上先生

汐見:僕は「声がけ」という言葉が嫌いなんです。声はケチャップみたいにかけるものじゃない。子どもはたくさん声をかけて欲しいと思っているわけではなく、やりとりがしたいんです。コミュニケーションが取りたいんです。だから、「おむつを替えていい?」「お鼻が出てるから拭いてもいい?」と聞いたら、必ず子どもの声を待って、子どもの声を聞いてからにして欲しい。

ある日、私の研修を受けた保育士さんから手紙をもらいました。「今までも丁寧に接しているつもりだったけれど、汐見先生に言われた通りにやってみたら、おむつ替えにいつもの3倍の時間がかかりました」と。一瞬、非難されるのかなと身構えたのですが、続けて「その時間が実に楽しかった」とありました。

子どものリアクションを待つと、今までにない反応が見られるようになったそうです。このようなやりとりを通して、子どもは愛されていると実感し、保育者自身も保育の楽しさを実感する。そして、この積み重ねによって、子どもは自分で乗り越えていく力を身につけていきます。

井上先生

井上:少し大きくなって0歳から1歳になると自我が芽生えて、お友だちとモノを取り合ったり、かみついたり、ひっかいたり、髪を引っ張ったりしてケンカをするようになる。よく言われることですが、本当にそうでしょうか? この通説自体を疑う余地は十分にあると思いますが、それは後編でお話しするとして、子どもがいじわるした、いじわるされた場面に遭遇したとき、みなさんならどうしますか?

私だったら、いじわるした子よりも先に、いじわるされた子の方に駆け寄って、「悔しかったよね」「痛かったよね」と心と体をまるごと受け止めます。そして、「泣き終わったら聞くね」「話したくなったらどうぞ」と言って、そのときを待ちます。「待つ」というのは、時間もエネルギーも消耗しますよね。でも、その何倍も、子どもの自己肯定感を育むことのできる重要な行為なんです。

いじわるした子のことも頭ごなしに叱りません。その場面だけを切り取って、大人の勝手な判断で、いじわるした子の心を畳み込み、「ごめんなさい」と言わせることにどんな意味があるでしょう。

汐見先生

汐見:いじわるした子だってすごく戸惑っていると思います。今、ここにいる、すべての子どもを受け止めるのが保育です。「なんでこんなことしたの?」と大人は理由や原因を明らかにしたがります。しかし、保育の現場では、原因を追究し、誰かに責任を持っていくやり方は、ときに暴力にもなり得る。

ことが起こってしまった原因は、現場では推し量れないほど大きな背景によるものかもしれません。それに、人間の心理・行動の本当の原因なんて、そもそもよくわからないじゃないですか。「なんで私はこんなことしてしまったんだろう」「なんで私はこういう人を好きになってしまうんだろう」って、大人になったら自分のことがわかりますか? わからないですよ。

保育で語られる「子ども理解」という言葉に危険な側面があるなと思うのは、子どもの行動の原因・理由を理解することじゃないんです。いじめた子もいじめられた子も、今、心細いあなたのことを一生懸命に受け止める。受け止められた子どもの心が満たされていくのを待つのが、自己肯定感を育む最善の方法とされる「ありのままを大事にする」の具体的な行為のひとつではないでしょうか。

【対談後編|保育の楽しさってなんだろう?】子どもの「ありのまま」を受け止める大人のメンタルヘルス

子どもの声を、子どもの気持ちの落ち着きを、子どもの決断を、「待つ」ことの重要性に気づかされました。後編では、子どもの問題行動を、その子の問題にせず、保育の見直しにどのように活かすかということについてお話が進みます。お楽しみに。

【対談後編|保育の楽しさってなんだろう?】子どもの「ありのまま」を受け止める大人のメンタルヘルスはこちら!

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お話を聞いた人

汐見先生

汐見稔幸(しおみ・としゆき)
大阪府生まれ。東京大学名誉教授。
東京大学大学院教授、同教育学付属中等教育学校校長を経て、白梅学園大学・同短期大学学長を2018年3月まで歴任。専門は教育人間学、保育学、育児学。
子どもの教育に幅広くかかわる教育者であり、NHK教育テレビをはじめとする子育て番組などのコメンテーターとしても人気。

井上先生

井上さく子(いのうえ・さくこ)
岩手県遠野市生まれ。保育環境アドバイザー。
元東京都目黒区立ひもんや保育園の園長職を最後に38年間の保育士生活を終える。新渡戸文化短期大学非常勤講師を経て、保育環境アドバイザーとして研修会講師、講演活動、執筆活動を通じて子どもの世界を広く人々に伝える活動にまい進。
『だいじょうぶ~さく子の保育語録集』、『赤ちゃんの微笑みに誘われて~さく子の乳児保育』と著作多数。
また「遠野あとむ」のペンネームで詩作、朗読、イラストレーターとしても活動中。

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