子どもが描いた絵や工作を見て、「この絵は何を表しているんだろう?」「どこからこの発想が出てくるのだろう」と考えさせられることも少なくありませんよね。
子どもアート療法士の熊谷珠さんによると、自分の気持ちや思いを言葉で伝えるのが難しい年齢の子どもにとって、絵や工作といったアートは「自分の思いを表現するための大切な手段」なのだとか。そして、作品からそのときの心理状態や、家庭での状況が読み取れることもあると言います。
子どもは正直だからこそ、ちょっとした作品にも無意識の思いがあらわれるのかもしれませんね。さっそく熊谷さんに、アート療法とは何なのか、どのようなメリットがあるのか、保育園で制作を行う際に意識すべきことは何かなどについて、詳しくうかがってみましょう!
\お話をうかがった方/
熊谷珠さん
子どもアート療法士。保育士として11年保育園に勤務したのち、子どものアート教室を主宰。子どものアート表現を介した、子育て相談を手がける。震災後、約3年間はアート療法を活用して、子どもたちの心のケアを行うボランティアとしても活動。岩手県在住。
保育士時代の「心残り」が、アート療法をはじめたきっかけ
――まずは、子どもアート療法士がどのような資格なのかを教えてください。
熊谷:子どもアート療法士は、色彩学校が認定している民間資格です。まだ、成長過程にある子どもたちは、自分の思いや感情をうまく言葉にすることができません。でも、子どもが創作した絵や工作には、そのときの気分や興味、発達状態を知るためのヒントがたくさん詰まっています。
そうした心の様子を読み解くために、子どもたちに自由に創作する場を与え、それぞれの成長や親御さんの子育てをサポートしていくのが、子どもアート療法士の主な活動です。
子育て支援センターなどから、「子どもがこんな絵を描いたのだけれど、どう解釈したらいいでしょう」と相談を受けることもありますが、そうしたときは絵から読み解いた分析を伝え、その子に関する問題解決の糸口や、見方を変えるためのきっかけを提供するように努めています。
――熊谷さんは、以前保育士をされていたとお聞きしました。どういった経緯で子どもアート療法士になられたのでしょう。
熊谷:保育士として11年間働いていましたが、結婚を機に退職し、子育てに専念していました。保育士の仕事は好きだったのですが、高齢出産だったこともあり、「育児をしながら保育の現場に復帰するのは難しいかな」と感じていたんです。そんなある日、フリーペーパーで子どもアート療法士の講座を知り、私にもできるかもしれないと興味を持ちました。アートが好きで趣味で絵も描いていたので、アートを通じて子どもと関われるなら、自分に向いているかもしれないと思ったんです。
――絵の先生ではなく、アート療法士を選んだのは、何か理由があるのですか?
熊谷:ほかの保育士さんもそうだと思いますが、私も保育士をしていたときは、親御さんやお友だちとの関係に悩んでいる子どもをたくさん見てきました。でも、当時は集団をまとめるのに精一杯。一人ひとりに手厚く接することができず、それが退職してからも心残りだったんです。ずっと「何か自分にできることがあったんじゃないか」「今度悩んでいる子どもに出会ったら、しっかり寄り添いたい」と考えていました。
そうしたなかでアート療法士の存在を知り、「これなら心残りを晴らせるかもしれない」と感じたのが、いちばんの理由です。子どもアート療法士としての活動が、子どもたちの悩みを解決する手助けになれば、というのが率直な思いですね。
――保育士時代の経験は、現在の活動にも役立っていますか?
熊谷:子どもアート療法士の仕事をしていると、子どもの世界を見てきたメリットを実感する場面は多いです。例えば1枚の絵を見て、「これを描いた背景には何があるのか」を探っていくとき、その子の心情や人間関係をすぐに想像できるのは、保育士の経験があるからこそ。11年間、いろいろな子どもや家庭を見てきたことが、「もしかしたらこういうことかな?」と想像したり、仮説を立てたりする際に役立っていると感じます。
――子どもアート療法士の資格を持つ方は、全国に大勢いらっしゃるのでしょうか。
熊谷:数自体は多くないと思います。私が受講したときは、東京と名古屋をメインに開催していた講座が、たまたま岩手で開催することになり、十数人が受講していました。でも、県内で現在も活動しているのは、私を含めて2〜3人だと思います。まだ認知不足の分野のため、お仕事として確立させるのが難しいんですよ。
私の場合は、子どもアート療法士の活動に意義を感じてくれる方が、まわりに多かったおかげで、13年間続けられています。
読み解きは、「どの画材を選んだか?」から始まる
――実際の活動内容についてお聞かせください。
熊谷:依頼があった保育園、子育てセンターなどに出向して、教室を開いています。子どもアート療法士の活動と並行して、学童保育のお手伝いもしているので、そちらの子どもたちに向けて教室を開催することもあります。
教室では、その子が「どの画材を選ぶか」が読み解きの出発点となるので、毎回100種類以上の画材を準備して、それを選んでもらうところからスタートします。描画の画材ならクレヨン、色鉛筆、パステルなどですね。ペンもいろいろな太さを用意します。あわせて、工作のための粘土や木工の材料もそろえます。
選んでもらうときは、子どもに「このなかから好きな画材を選んで自由に使っていいよ。ここでは何をやっても大丈夫だよ」と伝えるようにしています。「本当にやってもいいのかな」と、大人の顔色を気にするような子もいますが、そんなときは「好きにやっていいんだよ」と声をかけて、安心させてあげることが大事です。
――「何をやってもいい」と言うと、とんでもない行動をする子も出てきそうです(笑)。
熊谷:創作中は、できる限り「ダメ」を言わないようにしたいんです。ただし、お友だちの絵に落書きしたり「変なの」と言ったりしないこと、施設を汚したり壊したりしないことの2つは約束してもらいます。子どもが床に水をまき散らしたりすると、横で見ている親御さんが心配して止めようとするのですが、「まだ大丈夫。限界がきたら私が止めるから」と伝えて、自由に遊ばせるようにしています。
子どもたちの潜在意識にある感情を引き出すには、自由に創作させることがいちばん大事なので、できる限りそうした環境を整えます。ただ、自由にさせる分、施設の床や壁を事前に養生するなどの準備には気を遣いますね。
――子どもが創作しているときは、どのような点をチェックしているのでしょう。
熊谷:絵を描いたのであれば、色や形、紙のどこに描いたのか、どこから描きはじめたのかなど、細かく観察します。絵だけで終わらず、工作に移行する子もいるので、その場合は一連の流れを含めて見守ります。5人いたら5人の流れを見なければならないので、適宜メモを取りながら経過や流れを追うのですが、慣れないうちはそれだけで頭が沸騰しそうでした(笑)。
――創作中、特に配慮していることはありますか?
熊谷:「あえてほめない」ということでしょうか。保育士だったときはほめて伸ばす教育が主流だったので、アート療法を勉強するなかで、「あえてほめない」という方針を聞いたときはとまどいました。
でも、子どもってほめると、ほめられるものを作ろうとするんです。そうすると、作品に気持ちが反映されなくなるので、心理や背景を読み解くことができません。ですから、できるだけほめずに、「気持ちよさそうだね」「がんばったね」といった共感的な言葉がけで子どもに寄り添うようにしています。
――作品から子どもの心理や背景を読み解く際、人によって捉え方や分析の内容が変わることもありますか?
熊谷:療法士によって見るポイントが違うことはあります。こちらの気持ちのあり方によっても見え方が変わるので、その点は気をつけなければいけませんね。同じものを見ても、ネガティブな気持ちのときは必要以上に同情してしまう可能性があるし、逆の場合は楽観的な分析になるかもしれない。そうならないように、私自身が常にフラットな状態で子どもたちに向き合う必要があります。
――読み解いた内容は、どのようにして事業所や保護者の方と共有するのでしょうか?
熊谷:特別なカウンセリングをするように思われがちですが、そうではありません。例えば、創作が終わったあと、私が「今日は少しイライラしていましたか?」と言って、ざっくりとフィードバックしたとします。すると、先生や親御さんは「今日ここに来る前に私に怒られてるんです」とか、「昨日、お友だちとケンカしたんです」など思い当たる原因を話してくれるんです。そして、そのやりとりから何をすればいいか、どんな声かけをすればいいかに気づきます。もちろん、分析やアドバイスもしますが、子どもが表現したものを介して話をすると、こと細かに伝えなくても納得してもらえるケースが多いですね。
不安の理由に気づいたり納得したりすると、みなさんすごくすっきりした表情に変わるのですが、その姿はとても印象的です。わからないことがあると誰しも不安を感じますが、理由が見えたことで安心されるのでしょうね。
――フィードバックを参考にして、その子の見方を変えたり、育児に役立てたりできるのは、保護者にとって有益なことです。一方で、子ども自身にはどのようなメリットがあるのでしょう。
熊谷:ストレスを抱えているような表現をしていたとしても、子ども自身はアートの時間を楽しんでいます。絵や工作で感情を表現することは、言葉にして吐き出すのと同じなので、気持ちが整理できてすっきりするのでしょう。特に、小さい子どもの場合、怒りや複雑な気持ちがあっても、それを言葉で伝えるのは難しいですよね。でもアートを通してなら吐き出せる。それがいちばんのメリットではないでしょうか。
子どもの絵が「いつもと違うな」と感じたら、心理に変化があった証拠
――子どもの心理状態の読み解き方について、簡単に教えていただけますか?
熊谷:さまざまな要素をもとに分析するので、「このときはこう」と決めつけるような説明はできないのですが……。例えばクレヨンで絵を描くときに、力任せに描いているようならストレスが溜まっていることが多いです。大人は、ストレスが溜まっているときでも理性で抑え込めますが、子どもは描き方にも感情が出るんです。
目の前で子どもが殴り書きをしていると、親御さんは心配になると思いますが、何かしらの表現ができているのは、自分を解放している証拠。そういうときは「心配しなくて大丈夫です。安心して気持ちを表現できていると捉えてください」と伝えるようにしています。
――保育園でみんな同じ絵を描いているのに、一人だけ真っ黒な絵だったような場合は、どのように捉えればよいでしょうか?
熊谷:真っ黒な絵は、「ストレス値が高い」と分析される傾向にありますが、黒がダメなわけではありません。自我が芽生えて、感情豊かになってくる3歳くらいの時期には黒を使いたがる子も少なくありませんし、絵を描きたくなかったから黒を使ったという可能性もあります。なので、深く考えすぎずに「そっか、描きたくなかったんだね」と受け取ればいいんです。
ただ、同じ黒を使う行為でも発達段階や置かれた環境によって意味合いが変わるので、場合によってはきちんと状況を把握する必要があるでしょう。
描いた絵から何かを読み解くのは特別な勉強をしないと難しいですが、親御さんや保育士さんでも、子どもの変化をキャッチすることはできます。一例を挙げると、子どもの絵が「なんだかいつもと違う表現だな」と感じるようなら、子どもの心理に変化がある証拠。それがいい変化か、あるいはストレスかは、普段接している経験からくみ取ってください。子どもに寄り添う気持ちで絵を見れば、きっと感じ取れると思います。
――話は変わりますが、熊谷さんは東日本大震災のとき、ボランティアで岩手の保育園などをまわっていたとうかがっています。当時の子どもたちは、どんな様子でしたか?
熊谷:震災直後に、「子どもたちが真っ黒でぐちゃぐちゃした表現しかしなくなり、どうしたらいいかわからない」と園の先生から相談されたことが、ボランティアに参加するきっかけでした。
保育園や幼稚園、小学校に出向し、いろんな画材を出して「好きなように遊んでいいよ」と言って創作をしてもらったのですが、最初の半年は与えられたものをぐちゃぐちゃにして、思いを発散するだけの子が多かったですね。
――何かを「作る」という感覚ではなかったのですね。
熊谷:絵の具で塗りたくるとか、粘土をこねて色をつけてぐちゃぐちゃにするといった感じです。ひとつの色だけにこだわって絵を描く子もいました。
でも、自由に思いを吐き出してもらったのがよかったのか、活動をはじめて半年くらいの頃から、だいぶ落ち着いてきました。みんな作業に集中して、意味のある絵を描いたり、粘土で何かしらの形を作ったりするようになったんです。それを見たときは、心からほっとしましたね。
保育園の制作では子どもが選べる要素を入れることが大切
――子どもたちが気持ちよく制作を行うために、保育士が意識したほうがよいことはありますか?
熊谷:園の制作というと、みんなで同じものを作ることが多いですよね。でも、可能であれば、好みの色や形を選べるようにして、少しだけ個性を出せるようにするといいのではないでしょうか。選べる要素があると、自分なりの気持ちや考え方をよりはっきりと表現できるからです。
あとは、ゆっくり取り組みたい子もパッと終わらせたい子も、安心して取り組める環境を作ることが大切です。「終わったら遊んでもいいよ」「ゆっくり作って大丈夫だよ」といった具合に柔軟に時間を設けると、制作をより楽しんでくれると思います。
――制作中の声かけで気をつけることがあれば、そちらも教えてください。
熊谷:なかには、大人が驚くような個性的な表現をする子もいますが、できるだけ否定しないことが大事です。「その色じゃないでしょ」「こういう形にしたほうがいいよ」などと言いたくなる気持ちはわかりますが、そんなときは「そのやり方もいいよね」と受け止めてあげましょう。個性を認めてあげることで、その子自身制作が好きになって、創造性も伸びていくと思います。
――ありがとうございました。最後に、「ほいくらし」の読者に向けてメッセージをお願いします。
熊谷:普段の活動で感じていることですが、今の子どもは相談することにネガティブなイメージを持っているようです。まだ小学生なのに誰にも相談できず、1人で悩みを抱え込んでしまうようなケースも少なくありません。なので、小さいうちから「困ったら相談する」「相談するのは当たり前のこと」という姿勢を、大人が見せてあげてほしいですね。ときには、「先生、ちょっと無理なの」と子どもに助けを求めてもいいと思います。手伝ってくれたことに感謝を示せば、子どもたちの喜びにもつながると思いますよ。
もちろん保育士のみなさんも、本当に大変になって追い詰められたときは、迷わず誰かに相談してくださいね。
取材・文/木下喜子