タケモトピアノのCMソングより効果的!? ぐずる赤ちゃんの96.2%が泣きやむアプローチ方法とは

タケモトピアノのCMソングより効果的!? ぐずる赤ちゃんの96.2%が泣きやむアプローチ方法とは

乳児期のお子さんを持つ親御さんや、乳児保育を担当する保育士をてこずらせるものの1つが「ぐずり泣き」。おむつも替えたし、ミルクも飲んだ。部屋の温度も調整したのに、なぜ泣きやんでくれないの? そんなふうに途方に暮れた経験も、一度や二度ではないでしょう。赤ちゃんは泣くのが仕事だとわかっていても、なかなか泣きやまないと対応に困ってしまいますよね。

そんな赤ちゃんのぐずり泣きを対象に、20年以上にわたって研究を続ける組織があります。音声の鑑定や分析を専門に行う日本音響研究所です。同研究所所長の鈴木創さんは、「ぐずって泣き出した赤ちゃんを、音であやすには?」をテーマに研究を重ねた結果、96.2%の確率で泣きやむアプローチ方法を発見したのだとか。今回は、同研究所を訪問し、鈴木さんにすぐに実践できる「ぐずり泣きが止まるメソッド」を教えてもらいました。

\お話をうかがった方/
鈴木創さん
声紋鑑定・音響分析の専門家。警察や検察からの依頼で、刑事・民事事件に関する音声・音響の科学捜査および鑑定を多数担当。その後、事件解決で培った技術を応用し、映画やドラマの監修、睡眠促進、アニマルコミュニケーションなど、幅広い分野で電波・音響関連の研究開発やコンサルティングに携わる。音響技術を用いた玩具・文具などの商品開発も手がけており、著書に『赤ちゃんのぐずり泣きが止まる本』(講談社)がある。

タケモトピアノCMソングの分析をテレビ局に依頼され、赤ちゃん研究をスタート

──まずは、鈴木さんが所長を務める日本音響研究所が、どのような組織なのかを教えてください。

鈴木:音の分析や鑑定、研究開発を行う民間企業です。日本で初めて声紋鑑定を事件捜査に導入した「科学警察研究所」という組織があるのですが、そこに所属していた先代が独立し、1974年に創業しました。警察から依頼を受けて捜査に協力することもありますが、現在は長年培った音の分析・鑑定技術を活用して、より幅広い事業を展開しています。

たとえば楽器メーカーから依頼されて新製品の周波数分析をしたり、自動車メーカーからの依頼で、車内スイッチの報知音の分析を行ったりという具合です。ときには、メディアから「この人気歌手の歌声のどこがどうすばらしいのか、分析したうえで説明してほしい」といった依頼をされることもあります。

──そうした事業の一環として、赤ちゃんが泣きやむ音を研究しているのですね。研究をはじめたのは20年以上前だそうですが、きっかけは何だったのでしょうか?

鈴木:タケモトピアノという、大阪に本社を置くピアノの中古買取・販売会社のCMソングをご存じでしょうか。CMが最初にテレビ放映されたのは2000年のことですが、放映開始から間もなく「テレビでこのCMが流れると、赤ちゃんが泣きやむ」と話題になったんです。それで2001年の秋に、あるテレビ番組から「なぜ赤ちゃんが泣きやむのか調べてほしい」と依頼があり、分析を行うことになりました。

赤ちゃんに関する音の分析をするのは初めてだったのですが、分析したところ、CMには赤ちゃんの興味をひく仕掛けがいっぱいでしたね。それで、番組内で「こういう要素があるから赤ちゃんが泣きやむ」とデータを提示しながら説明したところ、放送後に大きな反響をいただいたんです。それをきっかけに赤ちゃんに関する研究がはじまり、以来20年以上にわたって、赤ちゃんが泣きやむ音楽が流れるおもちゃなど、さまざまな製品を開発しています。

赤ちゃんを泣きやませるためのアプローチは、「定位反射」と「暗騒音」

──タケモトピアノのCMソングに含まれる「赤ちゃんが泣きやむ要素」とは、具体的にどのようなものだったのですか?

鈴木:ぐずる赤ちゃんを泣きやませるには、大きくわけて2つの方法があります。1つは、赤ちゃんをハッとさせる方法。まだ視力が十分に発達していない赤ちゃんは、主に「音」で外界とつながろうとしますが、経験値がないため、何かしらの音がするたびに興味を示します。この反応を「定位反射」と言います。

定位反射が続くと、赤ちゃんは「あれは何だろう」「これは何だろう」と夢中になって泣くことを忘れてしまいます。タケモトピアノのCMソングには、15秒の間に定位反射を誘う要素がたくさん詰め込まれているのです。

スペクトログラム(※1)による分析結果を見ると、いろいろな要素が入っていることがわかっていただけると思います。CMが始まってすぐに猫が「ニャー」と鳴き、ピアノが開く「パカッ」という音が入る。そして、間髪を入れずに再び猫の鳴き声が続きます。さらには、高い音程から低い音程に一気に移動する財津一郎さんや女性のコーラス、ピアノの音と、めまぐるしく音が変化して聞く側を飽きさせません。

夕日が沈む様子

中程度の精度で自動的に生成された説明

※1 時間とともに変化する信号の周波数を視覚化するためのツール。上は、タケモトピアノのCMソングの分析結果で、縦軸は音の高さや低さを表す周波数、横軸は時間軸を表しています。 

赤ちゃんの定位反射を促す楽曲はほかにも数多くありますが、2023年にリリースされたanoさんの曲『涙くん、今日もおはようっ』などは、その代表例といえます。

また、2012年にYouTubeで公開され、公開後41日で再生回数100万回を突破したロッテ「カフカ」のCMソング『ふかふかかふかのうた』は、当研究所が音楽監修をつとめた曲で、定位反射をはじめ赤ちゃんが反応しやすい要素が詰め込まれています。

0〜3歳児に『ふかふかかふかのうた』の動画を見せて調査したところ、96.2%の子どもが泣き止むという結果になりました。

──高い成功率ですね。余談ですが、しばらく放映が休止されていたタケモトピアノのCMが、今年7月末に「タケモトピアノAI篇」として復活しました。

鈴木:ニュースで知って視聴しました。財津一郎さんが歌うおなじみのメロディはそのままに、大幅なアレンジが加えられていましたね。

新MCも旧CMと同様に、定位反射を促す要素が詰め込まれていますが、冒頭の「パカッ」というピアノを開く音や、猫の二度目の鳴き声、ギターの音がなくなるなど、旧CMで特徴的だった要素が減ってしまった印象です。キリンを登場させたりすることで視覚的な楽しさは増したものの、「赤ちゃんが泣きやむ」という点に限って言うと、残念ながら旧CMより効果は薄いかもしれません。

──赤ちゃんのぐずり泣きを止める方法としては、レジ袋をこすってシャカシャカと音を立てる方法もよく知られています。あの音は、赤ちゃんがお母さんのおなかの中で聞いていた音によく似ているのだそうですね。

鈴木:おっしゃるとおりです。お母さんのおなかの中は雑音が多く、その環境で長い時間を過ごしてきた赤ちゃんは、私たちが想像する以上に雑音が好きです。そうした雑音は「暗騒音」と呼ばれており、暗騒音をコントロールして赤ちゃんを安心させるのも、ぐずり泣きを止める良い方法だと言えます。赤ちゃんをハッとさせる「定位反射」とは真逆で、赤ちゃんをホッとさせるアプローチですね。

赤ちゃんに暗騒音を聞かせるための手軽なやり方としては、テレビやラジオをつける、通常の音量で会話する、窓を開けて外の騒音を入れる、換気扇を回すなどが挙げられます。レジ袋も方法の1つで、お母さんの脈拍と同じテンポでレジ袋をもむようにこすり、少しずつゆっくりにしていくと、赤ちゃんは徐々に落ち着いてくれるでしょう。

ただし、レジ袋のシャカシャカは、使い方によっては定位反射にもなります。早くこすったり、ゆっくりこすったり、いろいろな方向から音を出したりすることで赤ちゃんの興味をひけるので、そのときの状況に合わせて対処方法を使いわけるとよいでしょう。

赤ちゃんは『ねんねんころりよ』より『マリーゴールド』で眠くなる!?

──ほかにも、赤ちゃんのぐずり泣きを止めるのに役立ちそうな知識があれば教えてください。

鈴木:赤ちゃんと大人では、聞こえやすい音の高さが異なります。これは耳の大きさの違いによるもので、大人が聞きやすい周波数が1000〜5000ヘルツなのに対して、赤ちゃんが聞きやすいのは、大人よりもだいぶ高い5000〜8000ヘルツあたりの音。タケモトピアノのCMソングは、7000〜8000ヘルツに強い要素が見られるので、大音量で泣く赤ちゃんの耳にも届きやすいのだろうと思います。

また、赤ちゃんは初めて聞く音や珍しい音が好きで、興味を示しやすいのは次のような音です。

──赤ちゃんは、意外とにぎやかな音が好きなのですね。

鈴木:音の種類に加えて、赤ちゃんの好きなテンポに配慮することも重要です。ぐずる赤ちゃんを寝かしつけたいとき、大人は『ねんねんころりよ』のような子守唄を歌いがちですよね。子守唄は聞いているだけで眠たくなるようなゆっくりしたテンポが特徴ですが、実はあの曲調は赤ちゃんにとって眠たくなるテンポではありません。

赤ちゃんに限らず、人間は外から入ってくるテンポに体内リズムを合わせようとする傾向があり、活動的なときにはアップテンポ、ゆったりしているときにはスローテンポのものを好みます。そして、赤ちゃんの鼓動は大人より速いので、大人より速めのリズムを好む傾向にあります。

特に泣いているときの赤ちゃんの鼓動は、普段よりバクバクと速くなるものです。そのため、いきなり子守唄のようなゆっくりのテンポを与えられても、体内リズムが合わず落ち着けません。落ち着かせるコツは、赤ちゃんの鼓動にテンポを合わせてあげること。そこから少しずつテンポを落としていけば、うまく寝入ってくれる可能性が高まるでしょう。

具体的な楽曲としておすすめなのは、あいみょんさんの『マリーゴールド』です。お母さんたちの間では、「赤ちゃんがよく寝てくれる」と評判のようですが、それにもきちんとした理由があります。赤ちゃんが眠るときの1分あたりの拍数が100〜110BPMなのに対し、『マリーゴールド』の1分あたりの拍数は106BPM。ちょうど良い速さなんです。さらに、赤ちゃんが聞きやすい6000〜8000ヘルツ前後の周波数帯に音が集中しているのも、おすすめの理由です。

曲のリズムが終始バックビート(※2)なのも同曲の特徴ですが、バックビートは心臓の鼓動と同じなので、赤ちゃんが聞くととてもリラックスできると思いますよ。

※2 2拍目と4拍目にアクセントがくる音楽のスタイル。

音を出せないときは、「揺らす」「背中をたたく」などの方法が効果的

──たとえば保育園のお昼寝の時間に、大勢の園児がいる中で特定の子を泣きやませたい、あるいは寝かしつけたいといった場合、音を使うことができません。そうしたシチュエーションで有効な方法はありますか?

鈴木:音というものの正体は、空気の振動です。その振動が鼓膜を通じて脳に伝わることで「音」として認識されるので、音は耳だけでなく身体でも感じることができます。ですから、保育園のお昼寝タイムや電車での移動中など音を出せない環境下では、振動をうまく利用して、赤ちゃんに安心するテンポを伝えてあげるとよいでしょう。

例を挙げるなら、抱っこして揺らしてあげる、トントンと背中をたたいてあげるなどです。電車などで「とにかく今すぐに泣きやんでほしい」という場合は、赤ちゃんのまわりで軽く手をたたいて、定位反射を誘うのも有効かもしれません。

背中をトントンとたたいて寝かしつけたい場合は、先ほどお伝えしたとおり、テンポに気をつけるようにしてください。まずは赤ちゃんの鼓動に合わせたテンポでたたきはじめ、ゆっくりとテンポを遅くしていってあげる。理想のテンポは、先ほど紹介した『マリーゴールド』です。

──最後に、この記事を読んでいる読者のみなさんにメッセージをお願いします。

鈴木:赤ちゃんの好きな音やテンポ、赤ちゃんにとって心地良い室温など、世間では定説だと言われていたことが、実は見当はずれだったというのはよくある話です。定説として知られているノウハウや子守唄、おもちゃなどを活用しても赤ちゃんがぐずり泣きを止めてくれない、眠ってくれないと悩んでいる方がおられたら、今回の話を参考に、これまでとは違ったアプローチを試してみてはいかがでしょうか。

◆日本音響研究所
http://www.onkyo-lab.com/

取材・文/岸良ゆか

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