電車や飲食店で親同士が談笑するかたわら、子どもがスマホの画面を食い入るように見ている……。近年は、そんな場面を見かけることが増えました。でも、インターネット上では、「小さな子どもにスマホを見せるのはよくない」「スマホは心身の発達に悪影響をおよぼす可能性がある」など、ネガティブな情報を見かけることも少なくありません。「ほいくらし」のユーザーである保育士さんからも、子どもがスマホに夢中になることに対する不安の声が聞かれるようになっています。

となれば、スマホが子どもに与える影響について、識者の意見を聞いてみたいところです。そこで「ほいくらし」では、2017年から「子どもとスマホの関係」の調査・研究を行っている社会心理学者の橋元良明さんにインタビュー。子どもたちはどれくらいスマホを利用しているのか、スマホは子どもに悪影響を与えるのか、スマホ利用が習慣化している子どもに対して、保育士ができること何かなどをうかがってきました。

\お話をうかがった方/
橋元良明さん
社会心理学者・東京大学名誉教授
専門は「情報社会心理学」と「コミュニケーション論」。長年メディアの実証研究に従事し、近年は携帯電話やインターネットの普及に伴うコミュニケーション様式の変化を、データで裏付けながら分析・研究している。『日本人の情報行動2020』(東京大学出版会)、『メディアと日本人―変わりゆく日常』(岩波新書)など著書も多数。

橋元良明さん
社会心理学者・東京大学名誉教授

「おとなしくなるから」という理由で、0歳の22.5%がスマホを視聴!

――橋元先生が子どものスマホ利用について、調査・研究をすることになった背景からお聞かせください。

橋元:日本で、スマホの普及率がガラケーを上回ったのは2013年のこと。2017年くらいからは「乳幼児期の子どももスマホを見ている」といった記事を目にするようになりました。それで、「3、4歳が使うならまだしも、0歳の子どもはスマホで何を見ているのだろう」ということに興味を持ったのが、もともとのきっかけです。

ちょうどその頃、民間企業から「現代の子どもは通信機器とどのように接しているのか」を調べる共同調査の依頼があったので、2017、2018年と0〜6歳児を持つ家庭にインターネットでのアンケート調査を実施しました。2023年にはグループインタビューでの調査も追加し、子どもの対象年齢を12歳まで広げています。

――子どものスマホ利用に興味を持たれたのは、悪影響を懸念されたからでしょうか。

橋元:私自身というより、保護者が悪影響を心配している状況があったので、「子どもがどれくらいスマホを利用しているのか」「何を視聴しているのか」などを調査して、データとして確認したいという思いでした。

調査・研究をはじめてからは、スマホが子どもに与える影響について聞かれる機会も増えましたが、正直どんな影響があるかはまだわかりません。スマホを利用しすぎると共感性が欠如するといった教育心理学の研究はあるものの、実際に大人になって影響が出るかどうかはわからない。スマホの普及が進んだのはこの10年ほどですし、親が0〜1歳児にスマホを見せるようになったのは5〜6年前から。まだデータがそろっていない状況なんです。

――スマホ、タブレット、ゲーム機などさまざまなデジタル機器がありますが、特にスマホに着目されている理由をお聞かせください。

橋元:若い親世代がインターネットを視聴するのは、ほとんどがスマホです。一般家庭におけるタブレットの普及率は低いですし、そもそも小さな子どもが扱うには大きすぎますよね。また、ゲーム機にのめりこむのは就学してからが多い。そういった理由から、スマホを中心に調査を行っています。

――子どもは、どのくらいの割合でスマホに触れているのですか?

橋元:表を見てもらうとわかる通り、0歳児の22.5%がスマホに触れています。ただ、2018年に行った同じ調査では、0歳児の34%がスマホに触れており、2023年より高い水準でした。「ここ数年で急増した」などといわれることもありますが、実は減少しているのです。

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橋元先生が2023年に実施した、オンラインアンケート調査の結果をもとに編集部が作成

減少の理由は、世界的なベストセラーになった『スマホ脳』(※)などの書籍やインターネットの情報によって、「子どもにスマホを使わせると悪影響をおよぼす」というイメージが、一般家庭に浸透したためだと考えられます。しかし、だからといって今後も数値が下がり続けるとは限りません。ここまでの調査結果を見る限り、0〜1歳児の20%前後がスマホに触れるという状況は、あまり変わらないだろうと予測します。

※スウェーデンの精神科医であるアンデシュ・ハンセンの著作。日本でも“2021年最も売れた本”として知られている。

6歳で、いったん利用の割合が減少するのは、親が子どもとスマホを共用するのを避けるようになるからだと考えています。6歳くらいになると文字が読めるようになるので、スマホを勝手に触られたりチャットやSNSを読まれたりするのを避けるため、親がスマホを触る機会を制限するケースが増えるのです。一方で「子ども専用のスマホの利用は6歳から増加する」というデータもあるので、スマホの利用をやめる子どもが極端に増えるわけではありません。

――2018年より減少したとはいえ、0歳児の22.5%がスマホに触れているのは、思った以上に多いと感じました。親が子どもにスマホを与えるのは、どのような理由からでしょう。

橋元:いちばん大きな理由は、「見せるとおとなしくなるから」です。調査の結果では、電車内や病院などで、静かにさせないといけない場合に利用するケースが多かったですね。「スマホを見せたら子どもがおとなしくなった」という話がSNSや口コミで広まったことが、スマホを見せるきっかけになっているようです。

一部の親は、思考力や英語力の上昇を期待して知育アプリを使っているようですが、そうした能力は親が「面白いね」「次はどうするのかな?」などと話しかけながらサポートしないと、なかなか身につかないと思います。特に、未就学の子どもが自発的にスマホを使って知識を得るのは難しいでしょう。

――ちなみに、子どもたちはスマホを使って何を視聴しているのですか?

橋元:ほとんどがYouTubeやストリーミングサービスの動画で、「アンパンマン」や「ドラえもん」といったキャラクターの動画が人気です。アニメそのものは無料で見られるものが少ないので、人気キャラクターのおもちゃを紹介するような動画を喜んで見ているようです。もちろん、課金をして子どもが好きな有料コンテンツを見せている親もいます。ユーチューバーが出ている動画を見るのは4歳以降ですね。

――把握できている範囲で、子どもにスマホを見せることのメリット、デメリットについても教えてください。

橋元:動画の視聴に関しては、興味が尽きず、飽きずに見ていられることが最大のメリットです。だからこそ、スマホを取り上げられると子どもは泣きますし、なかには依存的な症状を示す子どももいます。デメリットとして挙げられるのは、視力の低下や生活の乱れなどでしょうか。ブルーライトが大脳を刺激するためなかなか安眠できず、就寝時間が遅くなったり生活リズムが乱れたりするのです。

また、「エルサゲート」を目にする可能性があるのも、デメリットの1つです。エルサゲートというのは、子ども向けのコンテンツを装いながら性的あるいは暴力的な動画に誘導する動画のことで、普通のアニメを観ているうちに突然残酷な映像に変わってしまいます。親がそういったコンテンツに誘導されないようにフィルターをかけていても、子どもがグロテスクな動画に触れてしまうことがあるので要注意です。

――子ども向けのコンテンツにそうした仕掛けがあるという話は聞いたことがあります。やはりグロテスクな動画は、子どもへの影響が強いのでしょうか?

橋元:暴力的で残酷なコンテンツは、影響が強いと思います。社会学の研究では、暴力性の強いものを見すぎると感覚が麻痺しやすいとされています。血が出たり、人が殺されたりする場面を見たりしても何も感じなくなるのは、とても危険なことではないでしょうか。 

親と目を合わせない子どもは、共感性が低くなる?

――スマホに触れる前と後では、子どもにどのような変化が見られますか?

橋元:アンケート調査で、スマホ利用後の子どもの変化を尋ねてみたところ、「知識や情報が増えた」「楽しそうにしていることが増えた」など、好意的な反応が多く見られました。子どもたちは、言葉や遊びの知識が増えて楽しそうにしているのでしょう。しかし、スマホを利用して知識が得られるようになるのは4歳以降。3歳まではあまり影響がないと思います。

「言葉の発達が促進された」という回答も多いですが、一人で動画を見ていても、言葉の発達はあまり促進されません。言葉は、基本的に親とのコミュニケーションによって発達していくからです。ただし、スマホで見たり聞いたりした内容を親と話せば、コミュニケーションの機会が増えます。「言葉の発達が促進された」と感じるのは、その点が大きいのではないでしょうか。

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橋元先生が2018年に実施した、オンラインアンケート調査の結果をもとに編集部が作成/【※】印はネガティブな方向性の変化

――調査結果を見ると、親御さんたちはネガティブな影響も感じているようです。先生から見て、気になる変化はありますか?

橋元:親の側が「見る情報が偏りがちになった」という点を懸念している通り、興味のあるものしか見なくなると、視野が狭くなってしまう可能性があります。「コミュニケーションの減少」が進むと、先ほどお話したように言語の発達にも影響が出てしまいます。

ちなみに、子どもがスマホを見続けている家庭は、親もスマホを利用することが多く、その時間を確保するため子どもに自分の中古を持たせることもあるようです。そうすると、当然親子の会話は少なくなりますよね。スマホの影響でコミュニケーションが不足するのは、大きなデメリットだと思います。

――親とのコミュニケーションが少なくなると、言葉の発達以外にもよくない影響が出てきそうです。

橋元:いちばんの問題は、共感性が欠如することですね。共感性というのは相手の気持ちを察する力。相手に視点を移して「自分があの人だったら、どうする?」と考えることで養われていきます。しかし、子どもの頃に親と目を合わせる機会が少ないと、相手を見て話す習慣が育ちません。共感性を獲得する機会も減ってしまいます。

事実、アメリカで行われた共感性の測定調査では、スマホが普及した2000年以降、調査対象である大学生の共感性の数値が減少し続けています。そして、数値が減少したのは、「家で親と目を合わせない」「友だち同士でもスマホを見ながら会話する」といった状況が増えたからだといわれています。最近は、親のなかにもスマホを見たまま子どもと話す人がいますが、そういう対応を見て育つと余計相手を見て話す習慣が身につきませんよね。

共感性が下がるとコミュニケーションスキルが低くなり、人間関係がうまく構築できなくなってしまうので注意が必要でしょう。

スマホ視聴が習慣化すると、本が読めない子どもになる!?

――最近は子どものスマホ依存を懸念する声も聞かれますが、その点についてはどのようにお考えですか?

橋元:子どものスマホ依存に関しては、キンバリー・ヤングという心理学者が作ったインターネット依存の診断基準を参考に、独自の診断基準を作成して調査しました。8項目のうち5項目があてはまると、スマホ依存の傾向があるといえますが、実際の調査では想像以上に高い数字が出て、年々増加傾向にあることがわかっています。

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橋元先生の研究資料をもとに編集部が作成

――項目を見ると、多くの子どもにあてはまりそうです。

橋元:特に、スマホを使いはじめた子どもの割合が高かったですね。ただ、5つ以上該当したからといって病気ではないので、誤解しないようにしてください。診断基準は、スマホ利用に関する注意喚起のために活用してもらえたらと思います。

――どのような使い方をすると、スマホ依存になりやすいとお考えですか?

橋元:わからないこと、興味のあることを検索するなど、必要な情報を得るために利用するのは依存につながらないでしょう。依存傾向が強くなるのは、SNSとゲームアプリの利用です。就学後の子どもが、学校や家庭生活に不満を抱えている場合、現実から逃避するためにゲームや動画に没頭したりしますが、そうした使い方は依存を招きます。

「eスポーツは依存につながりますか?」と聞かれることもありますが、何かしらの目標や目的があるならマイナスの影響はあまり出ません。そうではなく、生活に目標や楽しみがない状況で使うと依存につながりやすいのです。

――SNSやゲームといった使い方は、小さな子どもには難しいはず。ということは、乳幼児のうちはスマホ依存になりにくいのでしょうか?

橋元:幼い頃からスマホで動画などを見ていると、それが習慣になってしまうので、大きくなってから依存傾向になるリスクは高まります。しかし、それよりもっと問題なのは、読書が嫌いになってしまうことです。

読書中は目を前後左右にすばやく動かし、書かれた文字からさまざまな情報を得るので、脳が非常に高度な作業を行うことになります。それを考えると、読書はとても疲れる行為といえるでしょう。一方で、スマホは目を動かす範囲も小さいですし、動画を見るだけだと脳で行われる処理も比較的簡単です。なので、スマホで動画を見る習慣がついてしまうと、本が読めなくなってしまうのです。

近年、スマホをよく見ている子どもが小学校に入って教科書を読む際に、「読めない」「面白くない」と感じてしまうことが問題視されていますが、それも読書をしなくなったことに起因していると考えられます。

――保育園にも、日常的にスマホに触れている子どもがたくさんいると思います。保育士が心がけるべきことはありますか?

橋元:現在、インターネット上には「スマホは害悪だ」「いや、正しく使えばそんなことはない」といったいろいろな意見があります。だからこそ、インフルエンサーや口コミの情報に振り回されることなく、きちんとした情報源から情報を得ることが大事です。エビデンスのある情報をもとに正しい知識を身につけて、保育活動に生かしてください。

また、今回お話したように、「スマホ依存傾向が強くて生活が乱れている子どもがいること」や、「スマホ利用が家族とのコミュニケーション不足を招き、就学後の学習にも影響を与える可能性があること」などを認識しておくのも大事です。そのうえで保護者の方と情報を共有し、子どものスマホ利用について意見を交換してみてはいかがでしょうか。

スマホを使わせる場合は、視聴時間の管理と外遊びが大切

――「ほいくらし」のユーザーのなかには保護者の方もいらっしゃいます。家庭においては、どのような対策が必要だとお考えですか?

橋元:最初にお話したように、スマホが子どもの成長に影響があるかどうかは、データが不十分ではっきりした結論が出ていません。ただ、スマホに執着しすぎると他のことをしなくなったり、就学後の学習に集中できなくなったりするのは、容易に想像がつきます。今の時代、まったくスマホに触らせないというのも相当な覚悟と手間が必要になるので、「スマホは3歳〜4歳までは見せない」などの工夫で、利用する時期を遅らせるのがいいでしょう。

加えて、外遊びをさせることも大事です。外遊びは、からだだけでなく大脳の発達にも欠かせません。暇な時間があるとスマホを見てしまう子どもは、できるだけ外に連れ出して、ほかのことに関心を向けるように促してください。

――やむを得ず、子どもにスマホを使わせる場合の注意点も教えてください。

橋元:「動画は5分まで」といった具合に、家庭内でルールを作ることです。5分あれば短い動画を何本か見られるので、子どもの視聴時間としては十分。ルール内で視聴をやめさせることを徹底すれば、子どももそういうものだと理解するはずです。また、食事中や18時以降は使わないなど、利用時間帯を制限するのもいいでしょう。

――ありがとうございました。最後に、読者に向けてのメッセージをお願いします。

橋元:くり返しになりますが、スマホ利用について考える際は、有識者や専門家から発信された根拠のある話を情報源にしてください。可能なら、保育園に専門家を招いてセミナーを開催し、保育士と保護者が情報を共有する機会を設けるのもいいと思います。

子どもへの影響がわかっていないからこそ、信頼できる情報を入手し、親御さんと協力しながら、よりよいスマホとの付き合い方、管理の仕方を考えていきましょう。

取材・文/木下喜子

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