保育士にありがちな「困ったシチュエーション」……。 注目の「モンテッソーリ教育」ではどう対応する? 「吉祥寺こどもの家」園長・百枝義雄先生インタビュー【第2回】

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保育士は、日々の保育業務において、さまざまなシチュエーションで対応に困ることがあります。ここでは、困ったシチュエーションにおいて、オススメの対応を、「モンテッソーリ教育」を掲げる「吉祥寺こどもの家」園長・百枝義雄先生と、一緒に園を運営する奥さまの百枝知亜紀先生に伺いました。
前回の記事、子どもを信じて任せる、いま注目の子ども教育――。 保育士が、「モンテッソーリ教育」いますぐ取り入れるコツ。「吉祥寺こどもの家」園長・百枝義雄先生インタビュー【第1回】をまだご覧になっていない方は、まずはそちらの記事をご覧ください。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 取材・文/清家茂樹(株式会社ESS) 写真/和知明
モンテッソーリ教育を取り入れるために大切なことは?~日常的に体を使う「生活」から子どもたちは学ぶ
――園で教育方針を実践する際のポイントを教えてください。
義雄先生:
「モンテッソーリ教育」を一般の幼稚園や保育所に取り入れたいと考える際、子どもたちに「生活体験」させることをいちばんに考えてみましょう。なぜなら、幼い子どもと大人では学び方がまったく異なるからです。幼い子どもは、体を動かして体験し、その都度、自分自身でフィードバックを受けなければ学ぶことはできません。だから、「人にやってもらう」のではなく、「自分でやってみる」直接体験が大切です。そのことを前提に、園のなかや、日常生活を営むなかで体を動かせることを考えてみましょう。
知亜紀先生:
生活体験は、掃除や配膳のほか、自分のハンカチや靴下が汚れたら洗濯をすること、花壇の植物に水をあげたり、野菜を育てたりすることでもいいでしょう。やり方や道具を工夫すれば、一般に「幼い子どもには難しいこと」と思われているようなことのなかにも、子どもたちにできることはいくらでもあります(インタビュー【第1回】参照)。
――体を使うことの他に生活体験をさせるメリットがあれば教えてください。
義雄先生:
生活体験することには、多くのメリットがあります。たとえば、ハンカチや靴下を洗うといった、自分のことを自分でやるという経験をすることで、自信が芽生えてきます。さらに、自分のことができれば、今度は人のためになにかをやってあげようと考え出します。そのことを人から認められれば、承認欲求や集団帰属欲求が満たされ、「自分は人の役に立てる人間なんだ!」と自尊感情も高まります。
同時に、これまでできなかったことに挑戦すると、頭を使って試行錯誤することにもなります。わたしたちの園では、子どもが食事をするときに使うカップも、プラスチック製ではなくあえて陶器製のものをご家庭から持ってきてもらうようにしています。もちろん、陶器製ですから、落とせば割れてしまう。そのため、子どもたちは、お茶をこぼさず、カップを落とさないように運ぶにはどうすればいいか、カップを割らないように洗うにはどうすればいいかと考えます。そうして、考える力が日常生活のなかで培われるのです。
どんな場面でも口にしてはいけない「脅しの言葉」
――子どもたちへ声かけをするときのポイントを教えてください。
義雄先生:
基本的に、わたしたちは声かけで子どもたちをコントロールするようなことはしません(インタビュー【第1回】参照)。どんな言葉を使うかではなく、どんな対応をするかが重要と考えたほうがいいでしょう。
具体的なシチュエーションでの対応についてお話する前に、まずはどんなケースにもあてはまるNG対応をご紹介します。
「そんなことしていたら、園長先生に怒られるよ」
「年長さんになれないよ」
といった、いわゆる脅しの言葉をかけることですね。こうした言葉を使ってしまっては、子どもとの間に信頼関係を築けるはずがありません。
なかには「園長先生に怒られたくないから……」「年長さんになりたいから……」と思って、その場では指示を聞く子どももいるでしょう。しかしそれでは、なぜ自分がやりたいように振る舞ってはいけないのかがわからないままになってしまいます。それは、自分の頭で考えて判断したわけではなく、ただ損得勘定した結果の行動に過ぎません。
知亜紀先生:
保育士さんたちも、「なんとかしなくちゃ!」とその場を収めることを考えて、ついそういった言葉をいってしまうケースもあるのでしょう。しかし、保育士さんは誰もが、子どもたちには自分の頭で考えて判断できる子どもになってほしいと思っているはずです。そうならば、やはり、脅しのような言葉をかけることがないよう気をつけてほしいですね。
保育士さんが現場で困るシチュエーション~おすすめ・NG対応例~
――保育士さんが困りがちなシチュエーションでどのように対応したらよいか教えてください。
義雄先生:
以下が、わたしたちが考えるNGの対応例とおすすめの対応例です。
【保育士の「現場で困るシチュエーション」のNG対応例とおすすめ対応例】
困るシチュエーション | NG対応例 | おすすめ対応例 |
---|---|---|
A:お昼寝の時間に眠くないようで、なかなか寝てくれないとき | 「みんな寝ているんだから、寝なさい」 「寝る時間なんだから、寝なさい」 | 眠くない子どもを別の部屋に連れて行く |
B:着替えをさせたいのに、「やだ!」といって着替えてくれないとき | 「着替えないとダメでしょ」 | 着替えることを前提とした「二択」をさせる |
C:子どもがなかなか遊ぶことをやめず、後片づけもしないとき | 「もう片づける時間です」 「片づけないと、おもちゃを捨てちゃいますよ」 | 遊びをやめる時間に「猶予」を設ける |
D:子ども同士でおもちゃの取り合いをして喧嘩してしまったとき | 喧嘩になった経緯を知らないまま、「裁判官」になる | 子どもたちの考えを引き出す「議長」になる |
――「A:お昼寝の時間に眠くないようで、なかなか寝てくれないとき」の対応。
知亜紀先生:
子どもがお昼寝の時間に寝てくれないときは、眠くない子に「早く寝なさい!」と頭ごなしにいっても、寝てくれるわけがありませんよね。ただし、おすすめの対応例は、「もしできるなら」という条件つきのものです。子どもを寝かせているあいだにミーティングをするなど、保育士にはやらなければならないことがありますよね? ですから、お昼寝中の子どもを見る先生の数を増やすなど、園全体で取り組む必要性があります。
――「B:着替えをさせたいのに、「やだ!」といって着替えてくれないとき」の対応。
義雄先生:
どうしても着替える必要がないのなら、無理に着替えさせなくてもいいと思います。
知亜紀先生:
もし絶対に着替えさせなければならないというのなら、着替えることを前提とした二択にするのがいいですね。どっちを選んでもいい服をふたつ見せて、「どっちにする?」というように選択させるのです。この手法は、ほかのことにも応用可能です。トイレに行きたくないという子どもには、「先生と行く? それともひとりで行く?」と、選択させるとよいでしょう。やはり、子どもが自分で選ぶことが大切だと考えます。
義雄先生:
子どもにとって、自分で選ぶという行為はとても重要なものです。それらの積み重ねが、その先の人生における、判断力や責任感というところにつながっていくからです。
遊びをやめることも子ども自身に決めさせる
――「C:子どもがなかなか遊ぶことをやめず、後片づけもしないとき」の対応。
義雄先生:
わたしたちの園では、遊びをやめる時間に「猶予」を設けています。「吉祥寺こどもの家」では、自由遊びの時間のあとに、朝の集まりの時間があるのですが、そのあいだに20分程度の猶予時間を設けています。その時間になると、職員が絵本を読みはじめます。すると、子どもたちは「そろそろ、遊びをやめる時間だ」と理解します。でも、その瞬間にやめなければならないというわけではありません。
知亜紀先生:
なかにはすぐに遊びをやめる子もいて、そういう子たちが朝の集まりの時間に向けて椅子を並べはじめるのです。その気配を感じて、なかなか遊びやめない子も最終的には自分で遊びをやめる時間を決めます。これもまた、子どもが自分自身でやることを決めるというモンテッソーリ教育ならではの工夫です。「遊びをやめなさい」といわれてやめたとしたら、それは子ども自身が決めた行動ではないですよね。
――「D:子ども同士でおもちゃの取り合いをして喧嘩してしまったとき」の対応。
義雄先生:
どうして喧嘩になったのかという経緯を知らないままに「裁判官」のようになってしまうことがNGだと思います。たとえば、泣いているほうが被害者で泣かせたほうが加害者というふうに決めつけてしまい、後者を叱るということです。
知亜紀先生:
保育士というのはあくまでも「議長」になる必要があります。子ども同士が揉めていることに気づいたら、「どうしたの?」「大丈夫?」と、まずは質問をしましょう。そうして双方の話を聞いたうえで、「でも、このままじゃよくないよね。どうしたらいいかな?」とまた質問をして、子ども自身がその先にある解決策に目を向けられるような対応を心がけてほしいですね。
著書紹介
『「集中できる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』
百枝義雄・百枝知亜紀 著 PHP研究所(2019)
百枝義雄(ももえだ・よしお)
1963年10月23日生まれ、長崎県県出身。吉祥寺こどもの家園長。東京大学教養学部教養学科第一表象文化論分科卒業。日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センター卒業、モンテッソーリ教師(3歳〜6歳)資格取得。横浜国際モンテッソーリ乳児アシスタントコース卒業、AMI乳児アシスタント資格取得。2002年度より2006年度まで日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センターの実践講師として3歳〜6歳のモンテッソーリ教師養成に携わる。2007年、同センターで0歳〜3歳のモンテッソーリ教師養成コースを立ち上げ、2011年3月まで4期にわたり実践講師を担当。現在は、モンテッソーリ・ラ・パーチェ トレーニングコース代表、日本赤ちゃん学会会員も務める。著書に『「自分でできる子」が育つモンテッソーリの紙あそび』(PHP研究所)、『「1人でできた!」を助けるおうちでモンテッソーリ子育て お母さんはラクになり、子どもの未来が輝く』(PHP研究所)、『父親が子どもの未来を輝かせる』(SBクリエイティブ)などがある。
百枝知亜紀(ももえだ・ちあき)
1969年12月22日生まれ、東京都出身。吉祥寺こどもの家主任。モンテッソーリ・ラ・パーチェ トレーニングコース講師。目白学園女子短期大学国語国文科卒業。玉川大学文学部教育学科幼児教育課程修了。日本モンテッソーリ教育綜合研究所教師養成センター卒業、モンテッソーリ教師(0歳〜3歳、3歳〜6歳)資格取得。2007年、同センターで0歳〜3歳のモンテッソーリ教師養成コースの立ち上げに参加すると、2009年まで3期にわたりアシスタントを務め、2010年度には実践講師として指導にあたる。大手メーカー在職中に幼稚園教諭免許を取得し、小さき花の幼稚園、麻布子どもの家勤務を経て現職。